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「2割超の学生が退学を検討」 コロナ禍で露わになった高等教育と学生の貧困(梶原渉)

梶原 渉(一橋大学大学院社会学研究科修士課程)

 「13人に1人の学生が退学を検討」――驚くべき実態が新型コロナウィルス感染拡大(以下、コロナ禍)の中で明らかになり、メディアやSNS上で話題となり、そしていまや国政も動かしています。
 これは、4月22日に学生団体「高等教育無償化プロジェクトFREE」が発表したコロナ禍による学生への影響を調査した中間報告で明らかになった実態です。
 その後、調査への回答者が増えた結果、退学を検討している学生はおよそ5人に1人、20.3%にのぼることがわかりました。

 文科省はリーマンショック後、2007年度と2008年度における各大学等の授業料滞納や中退等の調査を行っています。2008年度の経済的理由による中途退学者は7715人で、回答があった全学校の学生数に占める割合は約0.3%です。

各大学等の授業料滞納や中退等の状況文部科学省資料より)

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 FREEの調査では、大学等を「やめることにした」との回答が0.2%、やめることを「大いに考えている」との回答が5.0%です。文科省の調査と単純な比較はできませんが、いまの景気悪化がリーマンショックを超えると言われていることをふまえると、高等教育を諦めざるをえない学生は膨大に存在するのではないでしょうか。

 学生や高等教育が被っている被害は、かなり深刻なものがあります。この4月から大学院に入学した私も、日々、表題にもある高等教育と学生の貧困を痛感しています。
 高等教育と学生が抱えている困難は、コロナ禍でいきなり生じたものではありません。日本では諸外国と比べて異常なまでに高等教育への公的支援が低く、学生や親に過重な負担が課せられてきました。いまの危機も、従前からあった構造的な問題にメスを入れないことには解決しません。学生の深刻な実態をふまえつつ、何が必要か考えてみましょう。
 なお筆者は、FREEなどの活動に仲間たちと取り組んでいますが、以下の内容は、あくまで個人的見解であることをあらかじめお断りしておきます。

生活の急激な悪化と学生生活継続への不安・絶望

 そもそも日本における大学の学費は高く、多くは学生個人やその親の自助努力によってまかなわれています。国立大学授業料の標準額は53万5800円(ただ、2019年度から東京工業大学と東京藝術大学が、2020年度から千葉大学、一橋大学、東京医科歯科大学がそれぞれ約10万円も値上げ)、私立大学の授業料平均額は2018年度において90万円を超えます。
 年功序列賃金を特色の1つとする日本型雇用を背景として、大学授業料は1970年代半ば以降、値上げされ続けてきました。子どもが大学生になるころの親(といっても男性正規社員)の年収によって学費をまかなうことを前提としてきたわけです。

日本の大学の授業料の推移文部科学省資料より)

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私立大学の授業料平均額文部科学省資料より)

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 そうした前提はもういまの日本にはありません。子育て世帯の可処分所得は、1997年の624万円から2015年の527万円へ、97万円も減少しました。私立大学の授業料平均額に匹敵するといっていいでしょう。

福祉国家04

 こうした状況下で高等教育にアクセスするには、親の年収だけではとうてい足りず、奨学金という名の借金を背負い、学生はアルバイトにいそしまなければなりません。二重にも三重にもわたって、家計負担、自己責任が貫かれているのです。
 冒頭に紹介したFREEの調査では、自己責任ではとうてい大学に通えない実態が露わになりました。 「家族の収入が減った」「なくなった」学生が5割超、 「アルバイトの収入が減った」「なくなった」学生が7割にのぼることが明らかとなり、以下のような具体的な声が寄せられています。

「バイトがなくなった。親がタクシーの仕事です。ほとんど仕事がない」(私立大学・1年 世帯年収600万〜800万)
「バイトがなくなった。親の会社の売り上げが 95% 落ちて、給料が減っている」(私立大学・3年 世帯年収 800 万〜 1000 万円)
「親の会社が倒産しそうだ」(私立大学・2年 世帯年収 600 万〜 800 万)
「親の収入も減り、私も働けない。 学費等払えず借金がふくらむくらいなら大学をやめたい。助けてほしい」(私立大学・3年 世帯年収 270 万〜 380 万 授業料免除1/3免除を受けている)
「両親ともに個人事業主。コロナの影響で全く先行きが見えなくなっている状態。入学前のコロナの影響が出る前の収入で、すべての計画していたため、県外での一人暮らしのための家賃や食費の仕送りと学費負担を考えると、バイトも探せないし、大学生活を続けることが無理かもしれない」 (国立大学・1年 世帯年収800万〜1000万)
「父親が音楽関係の仕事をしており、仕事がほぼ0になってしまった。今はなんとか母親の収入でやりくりしているが、 いつまでもつか不明」 (私立大学・4年 世帯年収 600 万〜 800 万)

 FREE以外にも、様々な学生や院生・若手研究者の団体が、コロナ禍による影響を調査しています。昨年立ち上げられた大学院生や若手研究者によるグループ「Change Academia」が3月に行った調査でも、深刻な実態がわかります。

塾講師、販売業、宴会配膳係、等のアルバイトが無くなり、3月は無収入。
学費納入猶予を利用し、3~5月で工面していたが、今年はできない。学費納入猶予の納期も延長してほしい。

 
 休講やキャンパス内への立ち入り禁止によって、図書館が使えないなど、教育や研究にも重大な影響が生じています。FREEの調査では、30.6%の学生がパソコンやWi-Fi 環境の整備により経済的不安が増えると回答し、「オンライン授業を落ち着いて受講できる環境がない」と答えた学生は、全体の40.2% にのぼります。
 Change Academia の調査では、「国会図書館、大学図書館、資料館など公的機関の閉鎖で史料調査ができない」「海外渡航ができなくなり、国外の研究調査ができない」といった実態が寄せられています。

 これらとは別に、キャンパス内立ち入り禁止やオンライン授業導入に伴い施設使用料などの返還や学費免除、学生への支援などを求める学生たちの動きが、自然発生的に起こってきました(その一覧は、リンク先を参照。ただし一部)。
 緊急の給付制奨学金やオンライン授業準備への支援金など、こうした動きを受けて対応に踏み出す大学が出てきています)。とはいえ、約1170ある高等教育機関の中ではごく少数ですし、支援内容や対象がばらばらです。
 懸念されるのは、ほとんどの大学が給付方法や手続きについて未発表であることです。いくつかの大学(芝浦工業大学、武蔵野大学、京都外国語大学)が、授業料の後期納付額からの減額という方法で学生への給付としています。今後、支援がすぐに現金で学生個人に行き渡るか注視が必要です(給付時期も方法も明確な例として、城西大学)。 

 学生も大学も疲弊しています。想定しようもなかった事態に限界が近づいています。国の支援が求められますが、4月27日から審議が始まり30日にも成立する2020年度補正予算ではいったいどうなっているでしょうか。

高等教育行政と補正予算案における無策

 2020年度補正予算において、学生生活への支援策は、残念ながら余りに少ないと言わなければなりません(文科省管轄分は、リンク先を参照)。
 授業料減免など学生への支援にあてられる額は、7億円です。国立大学授業料標準額で割っても、1306人分にしかなりません。高等専門学校や短大も含め、日本における高等教育をうける学生は330万人余います。どう考えても足りません。
 大学等における遠隔授業の環境構築の加速による学修機会の確保として27億円があてられています。日本にはおおよそ1170の高等教育機関があります。1機関あたり230万円余で、学生1人あたりではおよそ820円にしかなりません。オンライン授業の導入に伴う追加支出は、結局のところ高等教育機関や学生が負担しなければなりません。
 今年4月から施行された高等教育修学等支援新制度や、各大学が独自で行う授業料減免制度は、基準額も対象範囲も狭いものとなっています。新制度であれば何らかの形で免除が受けられるのは世帯年収が380万円以下の場合であり、大学院生、留学生、三浪以上の学生はそもそも対象ではありません。大学ごとの授業料減免は、その財政規模に左右されるのが実態です。
 さらに、いずれも資力調査に時間も人員もかかります。学生は、この最中に、親とやりとりをし、役所に行って住民票や所得証明書をもらわねばならず、それを学生支援機構や各大学の担当職員が審査しなければならないのです。そんな余裕がいったいあるのでしょうか?
 コロナ禍による大不況で、授業料免除への需要が大幅に増えることは必至です。しかも各高等教育は、困窮学生への支援やオンライン授業準備にとどまらず、図書館休館への対応や学生に対するメンタルケアなど、膨大な仕事を引き受けざるをえない状況になっています。では、どういった施策が求められているのでしょうか?

普遍的な原則に立った学びの権利保障を

 必要な施策を考えるにあたり、いくつかの原則を確認しておきましょう。このような緊急時だからこそ、学生の人権を保障しなければなりません。
 第1に、経済状況の悪化で、退学など高等教育を諦める学生を1人も出さない、ということです。緊急的な措置として授業料の延納・分納を進めるのは当然ですが、そもそも学費を払えなくなる親や学生が膨大に存在し、今後も増えることをふまえることが大切です。
 第2に、教育の平等を保障することです。高等教育機関によって学生への経済支援が異なったり、オンライン授業に必要な設備に差があったりしてはなりません。
 第3に、大学などにおける教育や研究を止めないことです。医師や看護師など医療関係者、小中高の教員などは、高等教育の修了を条件とする職業です。それらの重要性はいっそう明らかになっています。さらに、新型コロナウィルス感染症そのものの研究のみならず、コロナ禍のような地球的課題解決のためには、あらゆる分野の知が必要です。大学をはじめ高等教育機関はその拠点としての役割が求められます。
 以上をふまえれば、必要な施策は自ずと明らかでしょう。国の責任による大規模な財政支援が必要不可欠です。
 
1.資力調査を伴わない一律授業料減免
 緊急措置として、前期分授業料に相当する半額免除が最低限必要です。状況の悪化によっては、今年度の授業料一律免除も十分にあり得るものと考えます。

2.コロナ禍による追加支出の国による補填
 オンライン授業や図書館休館に伴う代替措置、学生へのメンタルケアへの対応など、コロナ禍による予期しない支出については、国が責任を持つべきです。学生や非常勤講師など、弱い立場に置かれた人びとにしわ寄せがいってはなりません。

3.給付制奨学金など学生への継続した経済支援
 住民1人あたり一律10万円の特別定額給付金は、1回だけのものとされています。しかし、対象も額もあまりに少ない現行の給付制奨学金を抜本的に拡充すべきでしょう。学生生活の実態に即して、金額や期間を定めるべきです。

 すでにFREEは、22日の中間報告と同時に、緊急提言を発表し、すべての学生に対する一律授業料半額免除や、給付金の継続、オンライン授業に必要な追加支出を学生にも大学にも国の責任で補填することなどを求めています。
 私は、これらの施策が緊急的なもので終わっていいとはまったく思いません。先述した3つの原則は、コロナ禍が起きようが起きまいが、いかなる時も誰に対しても普遍的に保障されなければならないからです。

 コロナ禍によって判明したのは、学生個人やその家庭に過度の負担を強いてきたこれまでの高等教育のあり方を根本から変える必要性ではないでしょうか。高等教育は無償化し、社会の共有財産として誰にでも開かれたものにすべきことが露わになったと言えるでしょう。
 いま、全国各地で学生たちが、「学生に予算を」「大学にも予算を」を掲げて、学費の一律半額化とオンライン授業などに必要な予算をつけるよう国に求めるネット署名運動を行っています。教育を受ける権利の保障を求めるものになっていることに注目したいと思います。学生たちの声を、政治は受け止めるべきです。

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 大学の種別も、背景も異なる様々な学生が、限られた条件の中で議論し一致点を見出してつくった署名です。本稿を読んだ方にはぜひ賛同いただきたいですし、今回立ち上がった学生たちの動きにぜひご注目とご支援をお願いしたいです。

(かじはら わたる)一橋大学大学院社会学研究科修士課程。原水爆禁止日本協議会担当常任理事。学部を卒業して同協議会事務局に就職するも、今年4月から大学院で、戦後日米関係史を研究。共編著『18歳からわかる 平和と安全保障のえらび方』(大月書店)、共著『日米安保と戦争法に代わる選択肢 憲法を実現する平和の構想』(渡辺治・福祉国家構想研究会編、大月書店)。





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