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蟻とガウディのアパート 第五話(序章)

「背広姿の男」1/2

 あるとき、背広姿の男性がベンチに近づいてきた。 
(この人も、私のベンチの前で立ち止まるのかな。 あの車掌みたいに。)
男は私の目の前で足を止め、首を左に回して尋ねた。
「おおつかさんですね。」
(やっぱり。)
「はい」と私は答えた。

 彼は私の正面に身体を向けると、ショルダーバッグから通帳のようなものを取り出して、ページを広げた。
「おおつかさんは左右の使い方が偏っています。 すり減っている方が、マイナスです。 
描いているべき地図も描いていません。 ここもマイナスです。 
あとはよく見ておいてくださいね。」
そう言い終わると、私に通帳を手渡してマッチ箱の駅舎の中に消えていった。

 通帳には、細かい項目があった。 
身体のページには、手指に結節があることや、目や耳の機能、お腹の調子のことまで書かれていた。 また別のページには、友人の数・貯金額・家族のデータなども載っていた。
「こんなもの見せてほしくなかった。」と私はつぶやいた。 
そう思ったのは、見る目のない判定人がやたらに数値を書き入れたものではなく、公正に記帳した私の残高だったからだ。
列車を降りた周りの女性達も、ほどなくこの通帳を手渡されて呆然としていた。

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