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蟻とガウディのアパート 第六話(序章)

「背広姿の男」2/2と目次

 明けない夜の中で、私は幼い日の夏の境内を思い浮かべた。 
天を仰いでもぞもぞと手足を動かす蝉や、しゃがんで見上げる樹木はすぐそこにあったが、触れることはできなかった。  
目を落とし、灯りに照らされた自分の手をさする。 
あの抜け殻は、今ごろどこを旅しているだろう。
成長していく私を包んでいたマントのようなもの。

 マントを失い、私の身体はずいぶん頼りないものになった。
身体の中に、あの虫かごが透けて見える。 
長い年月をかけて虫かごを漆喰で塗り固めてきたのは、私自身だった。
閉じ込められたたくさんの言葉が、生気をなくして折り重なっている。
(出してやらなくちゃ。)
母がそうしたように、ピンセットで言葉をつまみ出し、ひょいと逃がしてやらなければ。
――いや、そうじゃない。
私は漆喰で固めた虫かごを、叩き割ることにした。

 ハンマーを振り下ろすよ。
飛び散った破片から抜け出して、言葉は散っていくだろう。 
私はベンチから立ち上がると、紙袋をゴミ箱に押し込んだ。
プラットフォームに降り立った日から、5年が経っていた。


  ~ 目次 ~

 大きく口を開いた虫かごから、蟻のように散っていく言葉を追いかけた。
次の住処を求めて一目散に走り去った者については、そのままにした。
かけらの周りで右往左往している言葉には、文を成すように並んでもらった。

序章 境内からプラットフォームへ

1. トンネルの入口

2. スペインの地上にいた頃

3. 子育ての頃 
  (虫かごの外側にあった言葉)

4. 子育ての頃 
  (虫かごの内側にあった言葉)

5. 余白のページ

6. 通帳の裏書き

7.白い煙

*推敲の途中です。


             

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