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【詩】火星に降る雨は数億年の夢とともに

火星に降る雨は、まるで昨日もそうだったかのように
静かに辺りを覆い尽くす
鉄錆の匂いの予想は、おお外れで
思わず飲んでみようかと思うくらい、手のひらに溜めてみる
でも、飲んではいけない水なのだ
いまだに予断を許さない惑星だった

いま火星に降る雨は、とても輝き透き通る
その雫を覗くと、向こうの世界が映っている
目の前は赤い砂漠だけれど、見慣れない街が広がる
静かな幻は屈折したα波のβ波にもたらす現象だというけれど
まごうことなく火星を包み込む夢を形成している
人影ひとつない、影だらけの都市

雨宿りのわたしは、ふと眠って、飛び起きた
しばらく夢を見ていた気がした、でも思い出せない
雨は降り続いたまま、わたしは岩穴に身を寄せる
もう少し、ここで人生を振り返るのも悪くなさそうだ
そういえば、この最果てにたどり着いた理由を、問うこともなかった
降りしきる雨がさらに強くなって、風の音も混じり、また雨が静かになって
再び夢に落ちていった

火星に降る雨は、深く暗い海となるだろう
そこで魚たちは代々、次のまた次の夢を見るだろう
まるでわたしたちが見たのと、そっくりな幻に酔い痴れる彼ら
深い海の底から見上げると、微かに瞬く太陽がゆらゆらと揺れ
多くの仲間たちが一斉に群れをつくっている
いま火星に降る雨は、彼らを包み込んだまま
数億年の記憶を積み上げていた
耳を澄ませば、雨の音とも波の音とも区別のつかない響きが
相変わらずわたしたちを包んで、ふと
なにも怖れることはない、という声がする

一匹の魚だったわたしは、降る雨音にくるまれたまま
その未来を見ようと再び目を閉じる
火星に降る雨は、いっこうに止む気配をみせない
数億年の夢は、一瞬の現実をぶるっと震わせた


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