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地上に上がらなかった者たち

発掘された古代魚は火星由来のものではなかった。その衝撃的なニュースは瞬く間に全世界に発信された。火星にも、地球にも。

琥珀に閉じ込められた古代魚は、非常にリアルだった。地上に生物が這い上がる、その直前の姿を理想的なまでにとどめていた。これほど保存状態の良いものは初めてで、遺伝子の採取も可能だった。初めて目にしたとき、私たちは水族館に来ているのかと勘違いしたほどだった。

当時の火星人たちが、地球を訪れた際に採取していったものらしかった。捕獲後に生きたまま樹脂を流し込んで作られていた。樹脂の成分も地球のものと一致していた。おそらく、地球上で採取した樹脂をふんだんに使って作られ、冷やしてある程度固まったものを火星に運び込んだのだろう。

琥珀の中の古代魚が発見されたのは、火星の古代遺跡の巨大な一室だった。化石化されたものをどう活用したのか、正確な用途はさっぱりわからない。紙状のものに記された文字は風化してしまい、記録は発見できなかった。特殊な光解析でどれだけ文字が再現できるかも、期待できそうにないレベルだった。

建造物の壁一面に、琥珀は大量に置かれていた。まさに壮観だった。その閉じ込められた古代魚の数は数千匹にも及んだ。

だが、この発見に喜んでばかりはいられなかった。当時の厳しい環境下で、同じ種のこれだけの大量捕獲は、当時の生態系のバランスを乱した可能性があった。明らかに絶滅を招く行為だった。

火星人にとって、種の保存という観念はどう捉えられていたのだろう?

サンプルの遺伝子解析が進むにつれて、彼らが持ち帰った古代魚は、遺伝子的に現代につながらない配列をしていることが判明した。その一方で、遺伝子は圧倒的に優勢なタイプで、この種を起点とする子孫が現代まで残らずにいたことがどうしても説明できなかった。

また、この古代魚は肉食で、極端な凶暴性をもつ種だという点も明らかになった。もし、この古代魚が知的生命体への進化をたどると、今の人類よりもはるかに破壊的な種に至る可能性が99.9999999%だとわかった。弱肉強食としては優れているが、協調性の能力の欠損が著しく、集団を形成することが難しいことが予想された。それでも、彼らの遺伝的な優勢は覆ることがなかった。

もし、当時の火星人たちが連れて帰らなければ、この古代魚の子孫が、今の我々を凌駕して、全世界を席巻したはずだった。我々の存在しない世界が、そこに広がっていた。世界は殺戮で成り立ち、文明化するより先に自滅の道をたどるはずだった。今の我々でさえ戦争は繰り返されるのに、その数十倍もの危険性をもつ凶暴さは、想像をはるかに超えていた。

だが、そうはならなかった。おそらく、火星人によるこの古代魚の乱獲が原因だった。

当時の火星人たちを駆り立てたものは、一体何だったのだろう?

琥珀の中の彼らの眼が、薄暗い部屋の中で異様なほどギラギラ光っていた。

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