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あなたのお気に入りはどこにあるの?

「あなたのお気に入りはどこにあるの?」と尋ねた祖母は、一年前、遠い地球で亡くなった。だから、今年の私のお気に入りを聞いてくれる人の居なくなったことが、私には無性に悲しくて仕方がない。

祖母の質問は「お気に入りがなんなのか」ではなくて、「それがどこにあるのか」のほうにこだわった。もし、フランツ・リストのピアノ曲《ため息》にぞっこんだったとしても、《ため息》の音楽そのものよりも、いつもどこでどんな場所でどんなふうに聴いているのかのほうを知りたがった。

だから、私はよく友だちに不思議な顔をされた。それはあながち間違いではない。私も祖母の口癖を受け継いでいて、「なんでそこなの?」とたいてい問い返される。

私の家がお気に入りの場所になることもあった。ドビュッシーの《沈める寺》ばかり弾いている友人を招いて、こじんまりした演奏会をわたしの家で開くことを楽しんだ。私の家はそのたびに水で潤ったように、静まり返った。お客さんはとても少なかったけれど。

去年の私だったら、自家製の石窯が一番のお気に入りのある場所だった。週末になると、庭に出て二枚のピッツァを焼いた。一枚は土曜日の晩御飯に。もう一枚は日曜日のお昼ご飯に。火星の土からできた煉瓦はとても丈夫なだけでなく、保温性にも優れていたので、石窯にする最高の材料だった。バジルとトマトのシンプルなピッツァが、私と彼氏の大好物だった。

今の私のお気に入りは、まだとても小さくて形もはっきりしない。大好物のピッツァも喉に通らない吐き気がするけれど、背中をさすられると忘れるくらい、私はなにか大きなものに引き寄せられていく気分になる。数億年繰り返されてきたことを、私もするのだ。

その場所を、私は祖母にすごく教えたい。

すごく遠回りだけれど、すごく近い存在。


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