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古代魚幻想

机上に積み上げられた新聞の束を、幾つもいくつも受け取って、荷台に積んでいった。どの新聞紙も号外だ。「火星統括長官急死/急がれる本部再編」

トムはすっかり疲れ切った。腕の力が入らなくなるくらい、重い紙束を右から左へ移動させた。手を休めると、新たに刷り上がった号外は山となり、さらに壁となって立ちはだかる。やれやれ、時間給がいいからと喜んで請け負った臨時業務が、これほど過酷な重労働だったとは、今夜は運が悪い。

ぎょろりとした眼差しの旧統括長官のことを、トムはスキャンダル事件の噂だけ知っていた。統括長官としての彼については、ほとんど知らなかった。世間で囁かれているのは、公的資金を自分の懐に入れてしまう、どこの星でも変わらず起こる愚行だった。ただ、このスキャンダルには謎があった。ネコババしたお金の行方がさっぱり分からなかった。壺に詰めて埋めているという噂も囁かれていた。夜に掘り返すと木の根元で見つかるという時代錯誤的なデマさえ、ネット上でまことしやかに広まった。

「おうい、これ以上作業が遅れると、ベルトコンベアがつっかえるぞ」

号外の壁の向こうからの呼びかけで我に返ったトムは、旧統括長官の顔写真から目を離した。石膏を彫ったような無機質な顔をしていると、ニュースを見るたびいつも思う。

次の休憩時間までの残り体力がギリギリだ。所定の時間枠内にこの腕の力を維持しなければ、せっかくの給料はおあずけになる。最初からそういう契約だからしょうがない。

トムは心の中に地球古代のシルル紀を思い描き、号外の束を生き物にたとえるゲームに夢中になった。「古代魚一代目、古代魚二代目、古代魚三代目」と数え続けることで気分を紛らわせることができそうだ。どれくらい世代を重ねれば地上を歩き回るのだろう、と内心わくわくする。我々の祖先に至るまで、古代魚は気の遠くなるほどの世代を経たはずだ。

もちろん、号外の束はいつまで経っても古代魚のままだった。でも、きっと古代魚たちは歩くことなんて、ちっとも望んでいなかったに違いない。嫌々ながら仕方なく、美しい流線型のスタイルを排除した筈だ。トムはそんな古代魚を気の毒に思った。

ここは火星だ。敢えて進化する必要なんてない。そう古代魚たちにトムは教えてみた。古代魚たちはもちろん何も答えない。黙々と子孫を増やしていく彼らは、そのうち異変に気づくのかもしれない。いくら諭そうがこらえようが、量子の世界で進化は起きてしまうのだ。彼らはやがて真夜中に木の根元を掘り出すまでに姿を変えてしまう。

たぶん、トムはかなり疲れているのだろう。取り留めのない思考がぐるぐると回る。号外の壁がまた高くそびえてきていた。怒鳴られるまで時間の問題だ。

トムはその壁をよじ登って、上流に出たいと真剣に考えていた。




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