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火星語解読者たちの希望と苦悩

私たちはずっと、火星の古代社会に関する記述を探していた。古代といっても、二億年以上昔のことだけれど。当時の火星人たちの社会構造や技術力、産業などについて記された文献を集めていた。

残されている古代文字資料の読み方は、縦や横に進まない。斜めに交錯しながら読み進む。それがなかなか慣れない。文字自体は解読可能だけれど、向きが入れ替わるタイミングが行によって異なる。読み進める斜めの向きもまちまちで、右上だったり、左上だったり、右下だったり、左下だったりする。

あまりにもランダムな改行なので、いつも読んでいてどこかで躓いてしまう。

言語学者たちの大半は、古代火星語の解読を嫌がった。時間がかかりすぎるのと、解読したものが商品広告にすぎなかったりして資料的価値を持たないものばかりだったから。

「これも掃除機の宣伝広告だった」と助手と僕は肩を落とした。せっかくの丸一週間の執念と努力でが、虚しく終わった。この繰り返しだった。

*

欲しい文献が見つからないのには、理由があった。見つかっている文献は大量にあるので、一見まるで宝の山に見える。でも、すべてが文字列の羅列だった。目録に相当するものがどこにも見当たらなかった。これでは、資料探索は暗中模索の状態だった。

これまで翻訳したもののうち、九割九分は広告だった。あとの一分は非常に苦労したが、顔文字だと判明して苦笑いした。解読作業はなかなか本丸に辿り着くことができなかった。

視野の狭い解読班だけでは追いつかないので、広く浅く調査する目録捜索チームも別途組んでいた。彼らは次から次へとランダムに文献を解読し、目次のような規則性のある部位の捜索にあたった。当初はすぐに見つかると踏んでいたものの、十年経っても二十年経っても広告や呟きだらけだった。

ホメロスやホイジンガが著したような歴史書を編纂する習慣が、火星人にはなかったのではないだろうか?そんな疑念は一度現れると増殖してしまう。だから、解読班にとって、そのような不安を抱くことはタブー視された。

報われない解読作業は、これまで半世紀ずっと続いていた。ところが、ある日の解読文章に、これまでと違ったニュアンスのものが現れた。明るい兆しだった。それは冒頭に「我々が永らく住み慣れた星に、災いが満ち溢れ、悔い改めの日が近づいた」で始まるアルファ文書だった。

*

アルファ文書は、「空に昇る蒼い宝石」すなわち地球に彼らが移住計画を立て実行に移すという内容だった。著しく乱れた火星社会を猛省するあまり、彼らは第二の火星社会を地球に打ち立てていく様子を解説していた。

「これってまずくないですか?地球の人たちが混乱しませんか?」と助手は心配そうに言った。

「たとえ、過去に火星人が地球に進出していたとしても、すでに終わった話だから、問題はないだろう。引き続き、解読を継続しよう」

さらに文書は続く。
――― 当時の火星は壊滅的な環境で、火星人同士がいがみ合い、憎悪は極限に達して、互いを食い合った。それまで彼らは機械文明を持たなかったが、憎しみを原動力にしてメカニカルな武器や飛行手段を開発した。やがて、宇宙船を完成させるに至ると、半数以上の火星人は地球を目指して飛び立った。

「やっぱり、まずくないですか?テラフォーミングに匹敵する地球の火星化が過去に起きていたなんて」と助手は顔を痙攣させるほど怯えていた。さすがに私も混乱した。

「一応、過去の地球に何があったのか、知っておく必要があるだろう。それが歴史家としての使命であり、過去をありのまま伝える義務がある。さあ、解読を続けよう!」

*

――― 二億年昔の地球に移り住んだ火星人たちは、人類をも凌ぐ巨大な都市国家を南半球に築いた。彼らは狩猟民族だったので、農耕は一切おこなわず、うようよと生息する地球生物を捕食した。当時の多くの種は、乱獲によって日に日に絶滅していった。

――― ようやく安定したと思われた火星化計画は食糧危機により瓦解し、再び争いの時代に突入した。

――― 火星人同士が殺し合い、食い合うなかで、都市国家は分裂し、火星人たちは陸地や海に四散した。分裂した国同士での争い、駆け引きは陰湿で、救いようがなかった。数十億もの火星人たちは飢えと蔓延する伝染病により、遠い星で溶けて消え去った。

「なんてことだ」

「地球前史もまた戦争だったなんて、因果なものです。今回解読できたのも何かの縁。今後の教訓として役に立つことでしょう」

「これでアルファ文書は完結なのか?」

「いえ。共同執筆者らしき名前が連なり始めています」

しばらく、どう発音すればいいのかわからない火星人の名前が続いた。そして、終盤に差し掛かると、次の短い文章に行き当たった。

――― 諸君、このような事態に陥らないためにも、火星では常に農業や養殖に力を注ぐべきだ!幸運を祈る。

このスローガンで締め括られていた。私たちは呆気にとられた。

「なんだ、これは?」

「どうやらサイエンスフィクションを用いた地域広報のようですね。またもや徒労で終わったようです。三年半も苦労したアルファ文書解読作業が、この結果とは・・・」


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