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息子、二十歳の誕生日に想う

息子が二十歳になりました。

早いですね。
偶然同室になったいまは亡き友人とドキドキしながら待っていたのを今でも思い出します。
そして正直に言うとはじめて息子を抱いた時の気持ちは「幸せにしよう」とか、「一生かけて護ろう」とかではなく
「”これ”育てんのか?まいったな・・・」でした。

夜泣きはそこそこありました。
けれど当時僕は危険な現場で仕事をしていたので、寝不足=死 でしたので夜泣き対応は全て妻に任せていました(今思うとひどい話です)
僕は自分が貧乏をして育ったせいもあり、息子にひもじい想いをさせまいと、とにかく働きました。
危険が伴う現場で残業80時間、月の休みが2日という生活を1年ほど続けていました。
そりゃ病気にもなりますよね。

彼が物心つくころには僕はすっかり廃人です。
オムツをした子供と寝たきりで起きて来たと思ったら怒鳴り散らす夫を前に妻の絶望は計り知れません。思い描いた「幸せ」とは真逆の毎日でしたでしょう。
それでも妻は僕を諦めずにいてくれました。
子どもがいるとは言え、僕から離れ違う幸せを選ぶ道もあったはずです。
それでもいつ見えるとも分からない光を信じて幼い子供を抱え、淡々と、必死に「生活を営んでいました」

息子はそんな父親を見ながら人一倍やさしい男に育ってくれました。
本当なら曲がって育っても良かったはずです。
それでも友達、勉強、一生懸命がんばりました。
挫折しそうになったときも「応援してくれた人に申し訳ない」と歯を食いしばって耐えて来ました。

僕はそんな妻がたまらなく愛しいです
そんな息子がたまらなく愛しいです

僕は家族が誇りで生き甲斐です

僕は40を過ぎてWebライターを始めました。
10年以上社会からドロップアウトしても、諦めなければやり直せることを息子に見せられたと思います。
(妻と息子にカッコイイとおもってほしい)
妻に夫らしいことを僅かながらに出来ているのではと思います。
でもこれからもがんばります。

息子には幸いにカワイイ彼女がいます。彼の年齢の時に僕は妻と出会っていました。
もしかしたら素敵な家庭を築くかもしれません。
その時に素敵なじいちゃんでいたいのです(うるさいじいちゃん?)

そして腰が曲がり、杖を突いても、妻と買い物に行き「今日はお父さんと来たから牛乳たくさん買ったわ」とヨタヨタ手を繋ぐじじばばでいたいのです

僕はそんな妻がたまらなく愛しいです
そんな息子がたまらなく愛しいです

僕は家族が誇りで生き甲斐です

息子よ 誕生日おめでとう 

父、母より

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