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空海の恋空(2024.06.07)

・最近はPCではなくスマホで日記を書いているのだけれど、心なしか内容がフランクになっている気がする。デバイスにテキストの内容が左右されるのは当然かもしれない。PCの場合は座ってじっと画面を見つめ続けなければならないが、スマホだと部屋の中をうろうろしながらの注意散漫な状態で書くことができる。


・スマホだと「ctrl + ◯」が使えないので、文章を書き直すための手間がかかる。いちいち書き直すのが面倒くさいため細かいことをいちいち訂正しなくなるので、書くスピードもむしろPCより早くなる。


・弘法大師だってデバイスによって書のクオリティは変わるはずだ。


・違うか。"弘法筆を選ばず"はどんな筆でもうまい字が書けることの例えだ。的外れにもほどがある。



・いわゆるガラケーが中高生にまで当然のアイテムとして普及した頃、"ケータイ小説"というのが多くの人に読まれた。その代表が『恋空』という作品で、僕と同い年で1行も読んだことのない人はいないのではないか。


・内容は本当に酷くてここには書けない。ほんのちょっと触りだけ書こうと思ったけど、それも書けない。高校生の性にまつわるリアルを描いているような素振りをしているけれど、あんな世界が普通であってたまるか。


・いや、まだ魔法のiランドで読めるんかい!


・対人関係のフィールドが現実からネットに拡張され始めた頃、当時の高校生は皆浮き足立っていた。簡易的なテキストでのやり取り(当時はキャリアメールだった)に夢中になり、対面して話すよりも親密な関係をメールで築けるのだと錯覚していたように思う。音声や身振り手振りという身体性を欠いているからだろう。精神世界で他者と深く繋がるような錯覚があった気がする。


・『恋空』が多くの若者に受け入れられたのは、その内容によるものではなく、主人公の完全無欠なヒロイックさに共感が生まれたからだと思う。主人公の女の子ほど壮絶な状況ではないにしろ、みんながみんな、彼女と同じくらい悲劇的なヒーローやヒロインであったはずだ。友情や恋愛はめっちゃ大変で悩んでばっかりだけど、結局めっちゃいいよね、どんなに最低なことがあっても純愛って最高だよね、みたいな美徳に酔いしれていた。



もしもあの日君に出会っていなければ




こんなに苦しくて



こんなに悲しくて



こんなに切なくて



こんなに涙が溢れるような想いはしなかったと思う。





けれど君に出会っていなければ



こんなに嬉しくて



こんなに優しくて



こんなに愛しくて



こんなに温かくて



こんなに幸せな気持ちを知ることもできなかったよ…。





涙こらえて私は今日も空を見上げる。





空を見上げる。

『恋空』https://maho.jp/works/16743963567760734681#16743963567760736215

・書き出しが素晴らしいな。読まれるべくして読まれたのだと今になって思う。


・作中のできごとはリアルではないけれど、この気持ちはリアル。「ゥチらってこういう生き物だから💕ヮラ」のリアル。当時の高校生の多くの人が持ち合わせている"空を見上げる"気持ち、苦々しくもどこかすっきりとした顔で恋愛の苦悩を昇華する感じ…胸が痛む。


・「他者と心で繋がるデバイス」によってあの物語が紡がれ、そのデバイスで読む人に受け入れられたのは当然のことだ。物語の延長上に自分がいる気がするものね。


・弘法大師にガラケーを与えたら『是空』を書いてくれるだろうか。うまいこと言いたかったんだけど、うーん、それは例えとして適当じゃないんだよな〜。



・昨日のカレーの残りでカレー春雨をつくった。カレーうどんのヘルシー版になるかと思ったけれど、劣化版にすらならなかった。引き続きダイエット頑張ります。


・また明日〜。

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