兄貴へ

 前回は多数の方々に投稿を読んでいただき、ありがとうございます。また、Xにて多数の感想もお寄せいただき、感謝申し上げます。
 皆さんの何かに響くものがあったら幸いです。

 さて今回は、厨二病全開だった10代の私が心を開いた数少ない人との思い出を話します。思い出補正は極力減らすつもりですが、美化している部分があるかもしれません。まぁ、そのあたりはご勘弁を。

 前回の投稿で、お世辞にも褒められた精神構造を持たない10代の乙楽少年の話をしました。しかし、そんな彼にも一応言うことを聞く大人がいたのです。その人は、親戚の兄ちゃんでした。
 係累で言えば再従兄弟(はとこ)にあたるその人は、私より一回り上の年齢です。当然ですが成人しており、当時私の一族が経営していた工場で働いていました。言葉はぼかしますが、かなりヤンチャな経歴をお持ちの方です。
 中学・高校生当時、むき身のナイフのような性格の私は誰彼構わず当たり散らす困ったちゃんでしたが、その兄ちゃんには何故か懐いており、よく遊びに連れて行ってもらったものです。大っぴらには書けませんが、少年の憧れる「悪い遊び」は、だいたいその人から教わりました。
 まぁ、親も親戚も私の荒れた性格をねじ伏せられるのはアイツくらいだろう、そんな思いを抱いていたのかもしれません。

 ここからは敬意を表して当時の呼び名「兄貴」で語らせてもらいます。

 兄貴は悪い遊びもさることながら、私の話をよく聞いてくれました。何よりすごいことは、生意気な私の言葉を否定することも肯定することもなく、最後まで聞いてくれたことです。そして最後に、口癖のようにこう言うのです。
 「乙楽はそれでどう思う?」
 兄貴は必ず、私の言動に理由と考えを要求しました。答えられずにいると「考え無しでは筋が通らないよ」と言い、何とか答えをひねり出すと「それは、ちゃんと筋を通しているのか?」と重ねて問うのです。そしてその後、兄貴の体験談や身の回りで起きたことを話し、「どう考えるかはお前次第だよ」と、特に答えを出すことなく話を終わらせます。
 そのやりとりが、私にはとても新鮮でした。
 ありきたりな答えではなく、私を尊重し、考えさせる。そのくせ、筋の通らないことは絶対に許さない。思えば何度「バカタレ」と頭をはたかれた(軽くですよ)ことか。それでもちゃんと私を子ども扱いせず、一人の男として扱ってくれました。

 今にして思えば、当時の私に付き合うのは相当に面倒くさかったと思います。それでも兄貴は根気強く私に向き合い、良いも悪いもなく、世の中の道理を語ってくれたのです。

 高校に入ってからは、夏休みなどに親に無理を言って兄貴の働く工場でアルバイト(ほぼ手伝い程度ですが)し、一緒に働くのが楽しみでした。そこで色々な話を聞き、一緒に飯を食い、仕事帰りに遊びに行く(意味深)。そのあたりから私の身勝手な当たり散らしは減り、他の大人に素直にはなれないけど、表立って反抗することはなくなりました。

 大学に入って以降は兄貴と顔を合わせる機会が減り、兄貴が結婚して家庭を持ってからはさらに会う頻度が減りました。
 じっくり話ができたのは10年ほど前。親戚の法事でひさしぶりに顔を合わせたときです。
 夜、色々な話をしながら、ふと聞いてみました。
 あのとき、何故あれほど付き合ってくれたのか、面倒じゃなかったのか、と。
 兄貴の答えは単純でした。
 「そりゃ、昔の俺にそっくりだったからほっとけなかったんだ」
 ヤンチャだった兄貴は、色々なものにぶつかり、その都度誰かの助けを借りて、どうにかこうにかやってきたそうです。だから、同じような私を見て、自分から世話を買って出たそうです。
 年相応な見た目に、相変わらずヤンチャそうな顔をした兄貴に、私は自然に頭を下げました。

 あなたがいたから自分は変われた。ありがとう。
 でも、あのときのあなたの言葉や行動を、自分は見習うことなく過ごしてきた。ごめんなさい。

 そんな私に、兄貴は笑いながら頭を叩いてきました。
 「出世払いだから気にすんな」

 出世払い。今ではあまり聞かなくなった言葉ですね。
 上司や先輩、年上の人などから受けた奢りや恩を、偉くなったら払って返す。そう受け取られがちですが、本来の意味は違います。
 目上の人から受けた恩を、その目上の人と同じ立場や年齢になったとき、当時の自分と同じような若者に払う。これが出世払いです。

 私はもう、あのときの兄貴よりずっと年上になりました。ただ、受けた恩は忘れません。
 だから私は受けた出世払いを、自分なりに若い人たちに払っています。これからも続けるでしょう。
 誰か一人でも、この出世払いをいつか払ってくれたら、そしてこの縁を絶えることなく続けてくれたら、それは本当に喜ばしいことです。
 来年還暦を迎える兄貴に、胸を張ってお祝いに行けるよう、精進していきたい。それが私の行動原理の一つです。

追伸。
もし兄貴がこれ読んだら、笑いながら張り倒されるだろうな、きっと。

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