ロバのバトン
ひとり娘の、小学校最後の運動会。青空の下、万国旗がはためいている。
父親として毎年運動会を観覧してきた私。一年生の玉入れを見れば入学したてのころのういういしい娘の姿を思い出し、三年生の綱引きを見れば学校にも慣れ、生き生きと駆け回っていたころの娘の姿を思い出しで、ほこりっぽい校庭、父兄観覧席のさらに後ろに立って見ている私の眼も潤みがちだった。
隣に立っている妻に泣いているのを気取られるとからかわれるので上を向いたりあちこち見回すふりをしていたが、たぶん妻は気づいていただろう。
プログラムは滞りなく進行し、いよいよ最後の競技、六年生クラス対抗リレーはバトンがロバだった。
学校でロバを飼っているのはずっと以前に聞いていた(のを今思い出した)。
六年生ひとクラスに一頭。四クラスなので計四頭。娘たちが大切に世話を焼き、愛し、面倒を見てきたロバたちが、娘たちの最後の運動会の最終競技に参加する。バトンとして。
なんと涙を誘うはからい。なんと心あたたまるクラス対抗リレー。ロバがバトン。
四人の第一走者がロバの手綱を引いて入場してくる。
すでにトラック内に控えていた六年生たちがそれぞれのクラスのロバの名前を呼ぶ。自分たちのロバがかわいく、いとおしくてしょうがないのだろう。なんと美しい児童とロバの絆。
他の子にまぎれてここからは娘の姿は確認できないが、娘がロバの名を呼んでいる姿が目に浮かび目頭が熱くなる。ロバの名前は思い出せないが。
皆が口々にロバを呼び、呼ばれたロバがいちいちそちらに向かうのでなかなかスタート位置にたどり着かない。
「シーッ」
誰からともなくシーの声。
「シーッ」
「シーッ」
「シーッ」
会場を包む「シーッ」の大合唱。
調子に乗った低学年の誰かが大きな声で「シィーッ!!」と叫び、低レベルな笑いを誘ったころ、ようやく四人の児童と四頭のロバがスタートラインに並んだ。
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