見出し画像

第5回 アズリーノ 学芸大学

中目黒のイタリア料理店「クオーレアズーロ」は、ぼくが『東京百年レストラン』を上梓した時、友人有志がサプライズで出版記念パーティを開いてくれた思い出の店だ。出版と同時期にオープンしたこともあって、「クオーレアズーロ」通称クオアズの進化や発展が、自分の文筆家としてのモチベーションにもなっている。

クオアズのオーナーシェフ、大貫浩一さんは、東京の若いイタリア料理人には避けて通ることが難しいイタリア料理業界のヒエラルキーに引き込まれることなく、というか、おそらくそれに気づくこともなく、山手線外の地域で独自のレストランや経営哲学を作った。さらに「リカーリカ」の堤亮輔さんや「ワインマン」の大将こと井上裕一さんらと、緩いコミュニティを形成し、お互いに縛りの外側にて、刺激、影響しあっている姿を垣間見ていると、羨ましくさえある。ちょうどソムリエ業界からスピンアウトし、独自に自然派ワインの魅力を伝えるバーやレストランを展開し始めたムーブメントとも似ているし、呼応している部分もあるように思う。

そんな仲間のお一人、駒澤大学「ビストロコンフル」のオーナー倉田俊輔さんが経営していた物件が空くとのことで、そこをクオアズの大貫さんが引き継ぐ形で自らの2号店を出店することになった。学芸大学の「アズリーノ」だ。シェフはクオアズでずっと2番手を務めていた、タケこと対馬毅行さんが担う。クオアズを見守るファンの一人としても理想的な展開である。タケの厨房内での充実ぶりは誰もが認めるところだし、大貫シェフが手が離せない場面では、自ら外までお客様を見送りに出たりと、料理以外の部分での成長も納得だった。

学芸大学は、駅前こそさすがに賑やかで多少ごちゃついているものの、そこは山手線内とは違い、少し歩くと静かなエリアが落ち着きを漂わせる。それに気づき始めたころ「アズリーノ」は見つかるのだった。
店内はL字のカウンターのみ。しかしながら、カウンターの高さや幅、キッチンとの距離がクオアズとは違うので、なんだかタケが大きく見える。そう感じただけではなく、一店舗を任された姿はリアルに大きいのだろう。

メニューは今のところ「クオーレアズーロ」と同じだ。ゆえ、同じレシピを違う料理人が作るという、できそうでできない愉しい体験が可能となる。オープン当初からの「玉ねぎの岩塩ロースト」も、様々な素材を練り込んだ特徴的なパスタも、小さな炭火のコンロで丁寧に火が入った肉類も健在。何度も中目黒で食べているにも関わらず、知ってるけど知らないなあ、というか、そこにある日本人特有の親近感にぼくは気づいていた。タケ自身、イタリアやスペインでも、しつかり研鑽を積んて来ているので、バックボーンは大貫シェフと同様なのだけど、不思議と気持が緩む感覚。それは単に、シェフと客席との距離が近いから、というだけの理由かもしれない。

幹線道路沿いなので、クルマでのアクセスがしやすく、それは、商店街の中にあるクオアズになかった大きなアドバンテージ。タケの独り立ちを祝う人たちにはクオアズでは見かけなかった個性的な面々もいて、中には著名人も含まれる。ひょいと立ち寄って一杯、みたいな止まり木的利用もできて、ここは新たな文化の発信地になる可能性も秘める。なにより、タケのオリジナリティが徐々に発揮されていく過程をクオアズに加えて感じていけるのが幸せだ。

アズリーノ
東京都目黒区鷹番3-14-20
050-3204-2100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?