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『誘引』––夢に戻る。

 あの時たしかに「旅は男と行くに限る」と彼女は言った。

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 昨日のことのようでもあり、数年前のことのようでもある。ついさっき吹き抜けていった夏の手まねきみたいな風が、気まぐれに運んできたのかもしれない。
 双眸に映る彼女は瞼の裏側、現世(うつつよ)に映し出される記憶の投影。
 それはあたかも朝霧のごとく。意識が娑婆に戻るにつれ、昇った陽に気化するように、薄れ、そして消える。

 それはまるでカテキズムが教えてくれた世界。
 教義には、人はイエス・キリストに戻っていく、とあった。

 僕は彼女に100万回戻り、哀調の調べにまんまと乗せられた切なさは物語が終焉する都度、夢に戻る。

 夢に見た彼女の手を離し、独り寝のベッドから這い出すと、ひと皮剥けた今日が始まる。

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