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策士と男心。

 うちのクロだったら、あんなことはしない。できない。ずっとシンプルで純粋だ。
 まさかあれほど回りくどい方法で攻略されているのだとは思いもしなかった。さながら巧みに支柱を組み立てて円状に張った綱渡りの綱の上を狙ったラインどおりに寸分違わず遂行するイーサン・ハントそのものだった。
 だって街角で出会った時、彼女は疑うまでもなく僕を誘惑しにかかっていた。甘えた声の割に鋭い目つきがチグハグだったけど、見た目で判断しちゃいけないと祖母に教えられていたものだから、僕は彼女との間に拒絶の線を引くような真似はしなかった。命に重い軽いはないんだもの、救済の手を差し出されたら、できる限りのことはする。
 指を伸ばしたら、スリッとされてにゃおと言い寄られた。
 伸ばした指を引いたら、懐に飛び込んできた。
 やれやれ。うちには先住猫がいるから君は飼えないんだよ。すると彼女はわからないふりをする。聞きたくないことは聞こえない。まるで祖母の耳のようだった。
 立ち去ろうとすると、立ち上がった前足の爪が僕の袖を掴んでいる。
 にゃ。連れてけ〜と言っている。
 できることはするけれど、できないことはしないんだ。僕がそう言うと、寂しそうに目を伏せる。彼女は、聞きたいことだけを聞き分ける都合のいい耳を持っていた。それからいちど伏せた目に懇願を込めて僕を見上げた。うるうるしている。
 僕は、その目にしてやられた。男の意志なんて、女の策略にとっちゃ他愛もないものだ。
 僕は落とされた。

 あれから1週間が経った。僕に言い寄った雌猫は、今はもう僕のことなど見向きもしない。うちのクロにベッタリくっついて離れない。
 策士。その雌猫は僕に懐いたのじゃない。目的は最初からうちのクロにあったのだ。

「クロ」呼んでも最近つれなくなった。あれだけ懐いていたのに、今ではすっかり雌猫の術中にハマっている。

 男同士の結びつきなど、色香の前ではひとたまりもない。


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