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お盆経由彼岸まで。

「なぜ暑さ寒さが彼岸までなのか知っとるか?」
「いえ」
「いっせいに天から降りてくるじゃろ、夏は太陽にさらされた魂が、冬は寒波に凍えた魂が、夏は盆をピークにしてな。それらの死んでしまった人の数がぎょうさん増えてしまったせいで、暑さは深刻になってしもうたし、超弩級の寒さになるようになってもーたちゅうわけだ。
 盆に降りてきた魂は、一部を残して地上にとどまる。浮世にしがみついたほうの魂も、じき力尽きて天に連れ戻される時がくる。それが彼岸じゃ。このようにして、滞在期間が終わると、暑さも寒さも遠のいていく」
「科学的な見解とは違うのね」
「そんなもん、当たり前のことやろ。わしらはいつだって虚の定説とやらに踊らされてきた。水不足で野菜高騰って世が騒いでも、裏の畑に行けばキャベツは採れるし、キュウリだってトゲトゲで瑞々しいところがいくらでもぶら下がってる。
 世に流れというものがあるのはわかる。その潮流に乗って生きとるもんは潮流に流れる町内放送? 潮内放送? どっちでもええわ、ま、そういうものの顔色見ながら生きていかなければならんのだということもわかる。だが、わしには関係ない。わしにはわしのやり方があって、生かされる道ができとる。
 お国が脅かされとるとそそのかされて、こりゃいっちょうやらねばならんと腰をあげようとした刹那、自発を頭から押さえつけるような赤紙がひらりと郵便局員の手を離れ、わしのところに舞い込んできた。本人の意志いかんに関わらず入隊を迫られたあの時にぴんと頭の毛が妖気を感じていきり立った。こりゃあ、よからぬ思惑が裏側で渦巻いとるとな。あのころから、ようけ潮流は喧伝で、信じるに足らぬものになった。
 なんで、他人のわがままを手助けせにゃならんのじゃ。やりたければ人を巻き込むなと声をあげたさ。だがな敵もさるもの、言うこと聞くまで罰則の雨霰あめあられじゃ。力を手に入れたもんは、もう手がつけられんようになってしもうてた。
 足かけ7年におよぶ長い戦争だった。1945年に打たれた終止符はキノコ雲、終わったはずが、死ぬまで離れてくれなかった」

 死んでも離れていないように見える。
 

 じき、お盆を迎える。熱く燃えた魂の一軍が、熱冷めやらぬ高揚から離れられないまま地上に降りてくる。

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