終わるのが惜しい時間はいい時間。
「ああ、この至福の時が少しでも長く続きますように」。祈りたくもなる幸せに浸れる瞬間というものがある。身震いするほどの嬉しさを謳歌できるバラ色時間だ。
だけど不思議なことが同時に起こる。幸せな時間は、意識すればするほど、終わってしまうことに恐怖や悲しさを招き入れる。
幸せはいつだって岐路で奪われていくんだよ。
わかっちゃいるんだ。新しく始まるから、積み上げたひとつひとつが死んでいくってことを。幸せはそうやって、いちいちごとに幕を閉じていくんだよ。嘆かわしくも、切ない運命にあるってわけなんだ。
でも、一方で心はわかってる。終わるのが惜しい時間は、美味しい思い出なんだってことを。終わっていくことが悲しい時間は、宝物なんだってことを。
生来の性格は悲しいのや嘆かわしいのは好みじゃないんだけれど、幸せの悲しさや嘆かわしさは別仕立て、袂を分けているんだよ。終わりに切なさを伴うけれど、たくさん作れればいい類。終わるのが惜しければ惜しいほど、その時間は濃く深くいい時間だったと、のちに胸を張れるわけだから。
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