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墓穴を掘らずんば誇示できず。

 社会で生きていると、幾度となく「郷に入らば郷に従え」と教えられる。社会は部分集合が寄り添い重なりあって全体を形成しており、パレットに並ぶ絵の具の色あいがひとつひとつ違っているように、部分集合はそれぞれ独自の特色をもつ。
 独特な作法やしきたり、決め事に彩られた部分集合に新参者が加わると、当人は戸惑いやら窮屈さやら、部分集合の古参側は鬱陶しさやら煩わしさやら面倒くささやらが、かきまわされた湖底のごとく傍迷惑な泥の煙幕が舞い、広がる。
 両者の煩雑迷惑を共に最小限に抑えましょうね、という導きが、郷に入らば郷に従えの教え。明鏡止水の湖面に、不測で余分な波などたてなくてもいいのだ。新参者は謙虚で静粛に郷の作法に従えばいい。そうすれば、波風も迷惑の煙幕も最小限にとどめることができる。受け入れるほうも、苛立つことなく対応していくことができる。

 郷の空気に馴れ、流れを読めるようになってくると、特有の潮流に一石を投じるゆとりが生まれる。郷に入り馴染んでしまえばこっちのもの。謙虚・誠実・忠実を絵に描いたように貫き他者を欺いてきたおだやか仮面を脱ぎ捨て、油断した奴らに懐刀を振り下ろすのはそのタイミングで。
 あなただって、腹にしまった情熱のひとつやふたつ、おありなんでしょう? 別の部分集合組織で培った経験則による「よりよい方法」を発動したくて、うずうずしていたのと違うん? お持ちだったら、迷うことなく、屈することなくふるいましょうよ。
 郷に入り、おとなしく従っていたあなたの豹変ぶりに、きっと相手はたじろぎ、怯んだその隙に一気に畳み込んでしまえばいい。

 何を畳み込めばいいの、ですって? そりゃあ、あーた、最初からわかっていることなんじゃないの? そう、あなた自身がね。そこにある古いお荷物とか、固着したしがらみとか、賞味期限切れの利権だとか、そういった前進を阻む阻害物を蹴散らしてやればいいわけさ。違う?

 古い郷は窮屈で融通がきかない。放っておいたら硬化し始めた血管が、いずれ破裂してしまう。座して死を待つことになっちまう。そんな事態に陥る前に、新風吹かせて、干からび始めた遺跡の上に、フレッシュな絵の具を塗ったくって差し上げましょうよ。

 言うに易し。実際に腰を上げると厄介なことだらけで、面食らうシーンにもちょくちょく出会うだろうけど、時間と忍耐と覚悟があれば必ずや。実行に移す前の観察、洞察、判断も必要だあね。危険が伴うこともあるしね。
 だけど、虎穴に入らずんば虎子を得ず。相手の懐深くに潜り込めば、チャンスを生かせる確率も格段にアップする。 

 虎穴に深く入り込むにも知恵とワザが必要で、どのように相手の懐に飛び込むかが知恵の絞りどころ。郷の扉を開け、中に入り、郷に従い油断させ、ばくと食いつき、かぶりつき、食らいついたら最後、食いちぎるまで離さぬ覚悟の決死隊。筋書きはざっとこんなところかな。
 まずは最初の入り口に神経を集中するこったね。そこでしくじったら、為せるものも成せなくなってしまうのだから。肝に銘じておいて欲しいのは、敵もさるもの、入り口は財布の紐ほどに固く締まっているからね、容易に中に入れてはくださらぬ。
 最初に、締まった紐を緩めること。そこで一句。

 墓穴を掘らずんば、居場所を得ず。

 自ら墓穴を掘ってみせ、相手を油断させれば、虎穴にも割と容易く入り込めることの教え。気をつけなければならないのは、墓穴の掘り具合を間違うこと。ヘマを犯すと自爆しておしまいになる。
 相手の心が開かなければ自己の主張はいつまでたっても誇示できず▼ ▼ ▼ ▼ ▼、なのです。

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