見出し画像

ある文人の切り取られた時代を覗く。

自分では手に取らない本を読んでみたくなった。
図書館員に尋ねるという扉を選んでノックした。

もしもし、メジャーではないけど読み応えのある本を教えてもらいたく、お訪ねしたのですが。

こんな漠然とした投げかけに、絞り込める答えなどなかった。自分が同じように尋ねられても、答えようがないことに思いが巡る。
図書館員は困った顔をして、だから少し絞り込みやすく道しるべを置いた。

できたら人間ドラマがいいんですけど。人知らぬ名作っていうやつですかあ? 架空の話がいいので小説がいいかなあ。まあ、それ以外でもかまわないのですが。

それでも図書館員は困惑している。
こちらの好みもわからず、道しるべが示されたとはいえ、それでもまだ検索候補群が多すぎたのだろう。

では、図書館員さんの好きな作家でおすすめを。

一押しは残念ながら蔵書になかった。
次点のいくつかのうち、立原正秋氏の『冬の花』を借りた。
新潮文庫。280円で売られていた時代の年代ものだった。

文人が文壇で奔放に闊歩できていた時代の、文人としての粋や美を自らの視点で切り取っていく随筆。
そういえば随筆を読むのは、向田邦子氏以来であった。

描かれた世界は写実そのものだった。想像上の物語ではなく随筆だから当たり前なのだけれども、そのリアリティにかつてを、まるでさっき見てきたばかりのように感じた。

陶工の手がける陶器を軸に、四季に移ろう草花を愛で、故人の句を散りばめる。
著名な作家、評論家とのやりとりもあれば、高校生に「あちきと遊ばない?」ばりに声をかけられ説教した挿話があって、艶を一輪添えていた。

絵は、昭和の中ごろの赤線・青線をイメージしたもの。少女の身で金を稼ぐに触発されて思い浮かんだ構図。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?