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非資本主義讃歌。

 ここではお金はあんまり役にたたないよ。君の世界ではお金を持っていることで偉そうにしていられたかもしれないけれど、ここで金持ちを鼻にかけると鼻持ちならない奴だって顔をしかめられてしまうだけ。
 そりゃあ紙幣だって使いようはある。燃やせば温められる。
 コインは天秤ばかりの重りの代用になる。だけど、それだけ。漬物石に使うには手垢にまみれすぎているし、圧倒的な塊感がない。あんまり役に立つとは言えないね。

ーーでも、お金がないとテレビも買えない。

 放送局の電波が届けばテレビも役にたつだろうけど、ここにはケーブル、通ってない。吉幾三はこんな村いやだぁって遠い昔に飛び出して行ったけど、今では人が逆流してきている。

ーースマホも買えない。

 大きな声をあげれば村のはじまで声届くから、電話はいらない。村の鎮守の伝言板、そいつがこの村のLINEなのさ。で、デジタルのSNSは必要ない。
 NTTが設置した中継基地の電波塔は電線切断してツリーハウスにしちゃったから、もはや本来の仕事ができなくなってるし。
 ここの人たちはみんな電波にもれなくついてくる電磁波に神経質になってるから、今後もスマホは望めない。
 ここに集った世捨て人は、あちらの世界にスマホを置いてくる。置き手紙みたいにね。もうこちらの世界に戻りませんという意思表示は、資本主義社会を離脱するのに不可欠な、引き返せない通行手形だったんだ。

ーーでも、お金がないと……。

 なくてもあんまり困らないようにできている。そういうふうに社会をつくったから。

ーーなんのために?

 君みたいな拝金主義者をこらしめるため。
 この国を牛耳る資本主義社会は、時間をかけて、もともとお金を持っている人でなければ増えない仕組みに構造改革してきたでしょ。お金を持っているとされる人は人口の1割にも満たないよ。そのお金持ちはどうやって私腹を肥やしていると思う? 自分たち以外のお金を持っていない人たちをこき使って上澄みをごっそり掠め取っていたんだ。
 なんたる利己主義社会、そうは思わないかい? 働けど搾取される人生に人は気がつき、嫌気がさした。
 ただ、多くの人が同じように感じても、金持ちにとっての不穏分子はすぐに見つかり槍玉にあげられる。そしてその都度シラミのように潰されていくんだ。金持ち連中は子飼い同士が集まって同調しないように目を光らせている。細心の注意を払っているんだ。だからインセンティブをぶら下げて競わせる。ライバルを仕掛け競わせておけば同調は起こらないし、切磋琢磨するように仕向けられる。一石二鳥の効果を生む。そんな環境が出来上がっているものだから、異端児の一人二人が現れ改革の声をあげたって小波さえ立たない。何の変化も起こらない。仮に多少の波風が立っても、金持ちのふるう天狗の団扇のひと風で、熱意の炎はかき消されてしまうんだ。
 平等は、搾取の構造を懲らしめることから始まる。少なくともこの村に集まった者たちは、不平等にとても敏感で、資本主義に反旗を翻している。よくこれだけまとまった人数が同時に一揆を起こしたものだと感心するくらいだよ。水面下でつながり、周到な準備をしていたから実現できたのだろうね。
 スマホを活用したのかどうかはわからない。だって、使えば簡便に物事を進められそうだけど、AIで諜報するなんてこと、金持ちにしてみればお茶の子さいさいでしょ。だとしたらリスクが大きすぎる。詳しいことは公にされていないんだ。
 今現在の脱藩者の総人数かい? だいぶ集まったよ。村は全国に点在しているけど、合計すれば全人口の5分の1ほどが亡命してきたんじゃないかな。
 で、その札束で何を買おうというんだい?
 トマト。3つ?
 あるよ。
 売ってやってもいいけど、その前に君の財産は全部でどれくらいあるのか教えてもらおうか。
 なぜそんなこと訊くのかって、そりゃあ君がここで暮らしたいって言うからさ。
 ここでは君がどれだけ分厚い札束持ってきたって、誰の頬もたたけないよ。そんなことしたら、かえって君が袋叩きにされるだけ。やめておいたほうがいい。
 で、いかほど持っているんだい?
 教えてくれないなら売れないさあ。この村で食料を享受できるのは、あちらの世界の世捨て人だけ。
 そうだよ、そのとおりだよ。君の持つ全財産とトマト3つを交換だ。交換すれば晴れて君はこの村の住人になれる。その代わり、1回買ってしまえば、次回から、無料。お金はかからない。肉も魚も。箪笥も本も。
 あ、本はあちらの世界のものとは違うから覚悟しておいてね。ここでは間違ってもお金を増やす法なる金儲けのノウハウ本も出版されなければ、売って印税をたんまり懐に入れる構造も構築されていない。販売しているわけではないから、読みたい本を手に取って、読んだら元の場所に返すだけ。図書館みたいなものさ。図書館もあるよ。階段の踊り場から入っていける。止まり木図書館って言ったかな。ここで発行される書籍はあちらの世界の価値観とは違うから最初は戸惑うかもしれないけれど、慣れの問題だね。図書館にはたしか司書さんがいたはずだから、そのあたりも含めて相談してみるといいよ。もちろん本が読みたくなったら、の話だけどね。
 なお、ここの本はあちらの世界には流通しない、あちらからも流入してこない。マーケットは食料ばかりではなく、情報も文化もクローズドで、こちらの世界だけで完結している。双方の交流はいっさいないんだ。
 え、徴収した君の全財産はどうなるのかって?
 僕がもらっておく。
 もらってどうするのかだって?
 君の知ったこっちゃない。
 で、トマトいるの? いらないの?

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