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「ベッテルハイム伝」はじめに

大政奉還により誕生した明治新政府は、建国の精神に純粋な国家神道を標榜します。そのためにキリスト教は旧来の禁教政策を維持するとともに、外来宗教である仏教まで排斥の対象を広げ、廃仏毀釈運動を断行しました。
仏教の場合、さすがにニ、三年でその運動は下火となりますが、キリスト教の場合は依然として厳格に禁教政策が行われていました。
それが明治6年2月24日、そのキリスト教の禁止条例がこの日を以て解かれることとなります。それは、各地各所に設けられた、いわゆる高札場から、それを記す、いわゆる「五榜の掲示」(法令を板札に墨書きしたもの)が取り払われたことにあります。
これは、明治新政府が日本におよそ300年の長きに渡り続いた「キリシタン禁制」を、この日を以て解いた意思表示ということです。
この高札の撤去は、国家運営の根幹を変更する重要事項にもかかわらず、さり気なく取り払われたのです。
当時の状況を考えれば、とても「時の流れであった」と済まされる問題ではなく、何とも唐突感はぬぐえません。
それとともに、こんな疑問も湧いてきます。
何故この日に、高札が取り払われたのか。いったい新政府の誰が高札を取り払えと判断し、実施したしたのか。さらに、当時の状況を考えれば、こんな尊皇派で固められた新政府にとって、看過できないデリケートな懸案がどうして国家的議論や騒動とならず、いとも簡単に取り払われたのかと、そんな素朴な疑問まで湧いてきます。
そんな疑問を追っていくと、その先に、悲運のまま去って逝った宣教師の姿がありました。
その宣教師とは、バーナード・ジャン・ベッテルハイムという人物です。彼は、異国の地にありながら聖書の和訳に努めたとか、ペリーが黒船でやって来る前の1846年、沖縄(当時は琉球)に入り、8年間布教活動をしたというぐらいで、そんなに高い評価が与えられているわけではありません。
彼は、語学の天才と言われるように有り余る才能の持ち主ながら、奔放な言動から身内である宣教会からも、いささかもてあまされる存在となってしまっていたようです。
しかし、彼が終生聖書の和訳に執念を燃やしたことは、後になって、きわめて意義深きものとなりました。この彼の一途な活動をよくよく調べていくと、そこには、彼自身の才能や執念とともに、夫人バーリックの内助が見えてきます。
この物語は、日本のキリスト教宣教を終生夢見ながら、遂に果たせなかったそのベッテルハイム夫妻の生涯を綴ったものです。

筆者がこのベッテルハイムの生涯を著す動機は以上のようなものですが、具体的に詳らかにしたかったのが次の三項目です。
その第一は、彼は生涯、聖書の和訳を概ね3回行っていますが、はたしてそれぞれの聖書の意義が正しく評価されているかという疑問があります。
その第二は、やはり夫人バーリックのまさに良妻賢母のお手本のような凛とした姿です。今では、この良妻賢母の四文字熟語は、男尊女卑の裏返しの言葉ともとられかねない微妙な熟語となってしまっていますが、彼女こそ夫であるベッテルハイムの才能、能力を信じ、支え切ったあっ晴れな生涯は良妻賢母の何物でもありません。例を挙げるならば、
夫ベッテルハイムが1854年に、沖縄での宣教をあきらめイギリスへ帰還を決断します。夫人バーリックは、心密かに「やっと祖国に帰れる、両親とも会える」と思っていたに違いありません。それがイギリスを目前にして、バミューダで乗っていた船の修理に時間がかかるとのことで、ベッテルハイムはアメリカ見物に出かけます。そこから帰って来た彼は、アメリカに移住することを夫人に告げます。さすがの彼女も、この時は、心の折れる思いだったことでしょう。それでも彼女は夫に従っています。はたせるかな、彼女にとってはいばらの道でした。それでも彼女は、異国の地で難渋しながら、日本宣教と言う叶わぬ夢を追い続ける夫を支え切っています。
そんな彼女の生涯にもスポットを当ててみたいと思っています。
そして、第三の動機は、そもそも彼がアメリカ移住を決断したのはなぜか。そして、その地でどんな活躍をしたのか、その所を少々踏み込んだ仮説で真実に迫りたいと思っています。
この仮説の触りを紹介しますと、ここには不遇な漂流民伝吉(ダンケッチ)が登場します。共に不遇な伝吉とベッテルハイムの二人は、アメリカの地で、巡り合っていたものと思われます。
伝吉が不遇なのは、オールコックの著した『大君の都』(中巻65頁)によるところが大きな要素です。この書の彼の記述には、日本の身分制度の習わしや作法を知らない外国人のはなはだ偏った描写で、その結果、彼の評価を落としめているようです。伝吉には、武士に対する激しい反骨精神がありましたが、決して無分別な性格の持ち主ではありません。そのあたりを掘り下げ彼の再評価できればと思っています。
この二人の関係を如何ほどに詰められるか、乞うご期待願いたいところです。
以上の三点をモチーフに、この物語を進めてまいりたいと思います。

令和5年11月吉日
篠田 泰之

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ベッテルハイムと言う人物を尾張の漂流民音吉研究の途次知りました。彼はペリーが日本へやって来る7年も前に、沖縄(琉球)に入ったキリスト教宣教…

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