あの丘の春は
大学4年の1月
何を思ったか、機械音痴のくせに
ミッションで免許をとることにした
一度、公道の信号でエンストして
クラクションを鳴らされたのも
今となっては懐かしい思い出だ
担当の先生は、
ダンディーな雰囲気が漂う
穏やかで物静かな人
ぽつりぽつりと低い声で
言葉を置くように話してくれた
その声に、
慣れない運転に慌てる心を
鎮めてもらった気がする
2月の半ば
「教習のルートで、
桜がきれいなところありますか?」
「ルート上ではないけど、
あの山の近くにある並木道がきれいだな。
..ちょっと行ってみる?」
ルートから外れて、山の麓の道に出る
まだ裸の桜並木が見えてきた
「そこ左に曲がって、坂道を登るよ。
ゆっくり登ろうか」
左折すると、長い登り坂があった
道の両脇には桜木が間隔せまく
植えられている
ゆっくりと登っていくと、
小さな蕾があふれて
春を待っているのが見えた
「降りてみようか」
丘の上に着くと、先生はそう言った
車から降りると、大好きなこの街が見渡せた
「春は毎年、散歩に来るんだ。
あれ、音葉さんの学校じゃない?」
先生の指の先には、
慣れ親しんだ大学の頭がひょっこりと見えた
もう少しであの場所ともお別れか
「桜が咲く頃に、もう一度くるといいよ」
車に乗り込んで、桜並木の坂を下る
桜の頃までいられるかな?
春が来るのが待ち遠しかった
写真 いっぺい様