春の夜の夢
あれはまだ肌寒い、桜の満開を待つ夜。
春の夜風が花の香りをうっすらと運んで、
あなたを待つ鼓動のはやさを和らげてくれる。
あたりはすっかり夕闇に包まれ、
道ゆく人たちの声だけが響いている。
待ち合わせ場所の街灯の影に、
誰かの影がひょっこり重なる。
「待った?」
あなたの声だった。
足元に照らす灯篭の道を辿り、
山道を登っていく。
「あっ」
慣れない夜の山道に足を滑らせる
あなたの腕をとった。
その瞬間、
2人の間にあった緊張の糸がするりと解けた。
辿り着いた山頂からみえる光は、
やさしく広く、私たちの街を包んでいた。
私たちはいつも、あの光のそれぞれにいる。
今夜、
ばらばらに生きてきた
私たちの夜が重なった。
あなたが隣にいた、あの春の夜。
灯籠に照らされる桜色。
あの色のように、やさしく心に留まっている。