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ジャケットを脱げる場所は、ここ。【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。ふたつめは、『川島明のねごと』にただよう、ゆったりとした空気感を紐解いていく。

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「もう、刺身じゃ」
千鳥のノブさんにそんなふうに喩えられたと、その日TBSラジオの新番組『ブレインスリープ presents 川島明のねごと』で、川島さんは苦笑混じりに話していた。
理由は、他でもない、彼の現在の活躍ぶりだ。

この春からは、ついに朝の帯番組『ラヴィット!』のMCまで務めることとなり、週末は音楽番組・競馬番組を、こちらもやはり生放送で担当している。
月曜日から日曜日まで、毎日が生放送。
休むことなく「生」の様子を届け続ける川島さんは、もはや「生」過ぎて、「刺身である」というノブさんの言葉の巧みさに、思わず吹き出してしまう。

初回の放送から、ほっこりと肩の力がほぐれるような聴き心地。
番組名そのままに、まさにパジャマ姿で口にしてしまう「ねごと」のような、ゆるりとした川島さんのトークを堪能する1時間だ。
話の聞き手が若い頃から時を共にしてきた、天津の向(清太朗)さんで本当に良かったと、こちらまでなんだか“ほっ”とうれしくなってしまう。
ずいぶんとリラックスした川島さんの様子が本当によくわかるからだ。

川島さんの毎日を思う。

テレビ越しにはなんとも煌びやかで楽しくとも、来る日も来る日もビリリと張り詰める緊張感や責任感と向き合いながら、ジャケットに身を包んで息張る、そんな日々だろう。
毎晩9時半にはベッドに入り、明け方の5時半には体を起こすという。
当然、風邪なんてひいてる暇は1日もない。
いったい、どんなにご苦労なことだろうか。

ソファにごろりと横になりながらも、「せめて少し」とわたしは想像してみる。
だけれど、そんな緊張感や責任感をわたしはちっとも知らない。
上手に想像することはできなかったけれど、ただただ「すごいなあ」としみじみと思う。
そして「そんな、すごい人になったんだなあ」と、胸からふわり溢れるように遠いあの日を思い出していた。

小さい頃体を壊したわたしの全快祝いとして、子犬の「ももちゃん」はわが家にやってきた。
そしてわたしが中学生のあるとき、今度はももちゃんが体を壊し、ずいぶんかわいい寝顔のまま、呆気なく旅立ってしまった。

学校から帰っても、もう駆け寄って足元で喜んでくれる姿もない。
いつものようにラジオが流れるリビングで、まだ当時、デビューして3年ほどであった『麒麟』のふたりの声にわたしと母はぼんやりと耳を傾けていた。
毎週聞いていたその番組は、京都から放送される長丁場の番組で、中盤には毎週「ペット」を話題にするコーナーもあった。
ふと思い立って、わたしは便箋を探す。
そして、
「ずっと一緒にいた犬がいなくなってしまいました。すごくかわいくて、今も大好きです」
とただなんとなく、番組宛に送ってみたのだった。

すると翌週、なんと生放送中に麒麟のふたりから電話がかかってきた。
と言っても、その数分前に番組のスタッフさんから「電話をかけてもいいですか?」と連絡があり、慌てた母は記念に録音できるようにとカセットテープを探し、わたしは何故だか仕事中の父に電話をした。
「ほんまか!帰ったらすぐ聞くから、ちゃんと録音せえよ!」
と、なんだか父はここ数日でいちばん元気な声を出していた。

そして番組の中盤、本当に電話はかかってきて拙い言葉で話すわたしに、川島さんと田村さんは、
「でも幸せやったね、ももちゃん」
と何度となく言ってくれた。
その晩は、録音したテープを家族3人で身を寄せ合って聴いた。
「おお、ええ記念やな」
と父も久しぶりに上機嫌だ。
さらに後日、そんな約束はなかったはずだけれど、直筆のサインが入ったポストカードが郵便受けに入っていたのだ。
わたしは、それを今でも大切に持っている。
もう15年以上も、前の話だ。

『川島明のねごと』も4回目を迎えて、すっかりお気に入りの番組となった。
忙しい川島さんの「束の間のひととき」のような様子が、聴いているこちらも本当に心地いい。
以前の放送で、
「最初のMー1に出て、そこから忙しくなった麒麟さんを見てるから。こんなに忙しい時期、もう無いだろうと思ってた」
と、向さんは当時を活躍を振り返りながら、そんなふうに話していた。
その時期といえば、思えばちょうどあの電話をかけてきてくれた頃で、そして今、そんな当時を優に上回るほど、川島さんは「ジャケットの似合う、あまりにも忙しい司会者」になってしまった。

だけど、なぜだろう。

古くから知るファンは、よく目覚ましい活躍を見ると「遠くに行ってしまったようでさみしい」と思うことがある。
けれど、
「ちっとも、さみしくなんかないな」
とわたしはなんだか不思議な気持ちでラジオを聴いている。

だって、あの日の電話越しの声とさほど変わらぬ声と調子で、ゆったりと近頃のできごとを話してくれる川島さんの姿が、今もラジオ越しにあるのだ。
それは向さんのおかげも、きっと大きい。
すっかり肩の力が抜けた様子で「ねごと」のような話でさえ、これからも毎週聞かせてくれるんだから、さみしいことなんて、きっとなにもない。

そうか。
「ラジオは、ひとりで聴いても、家族で身を寄せ合って聴いても、本当に幸せなものなんだった」
そんなことをふと思い出して、なんだかちょっと胸のあたりがあたたかさでじわり苦しくなった。

そうか。
「そんなあたたかいことを教えてくれた人が時を経て、こんなスターになったんだなあ」
そんなことを考えながら、その低くてやさしい声に、わたしは今晩もしみじみと耳を傾けている。

中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ

(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2021年4月26日に公開した記事です)