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慣れない街はないし、ダイアンはダイアンにしかならなくていい。【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。
中前さんの生活を支え続けるダイアンのラジオ番組。今回はその思い出とともに、先日公開した『ダイアンの TOKYO STYLE』インタビューの裏側エピソードもおはなしいただきます。

その日は突然やってきた。
なんと、TBSラジオでスペシャル番組として放送されていたダイアンのラジオ番組がついにレギュラー番組になることが確定したのだ。

「きた、きた、きた、きた……!!」

気がつくと、わたしはひとり部屋の中で天高く拳を突き上げていた。

彼らは取り戻してくれたのだ。
たった数ヶ月。それでもわたしにはとてもとても長く感じられた。

東京のトンネルの中で

2020年4月。
経験したことのない状況の中で、わたしの胸は、ずいぶんと塞ぎ込んでいた。誰とも会えず、東京の街はほとんどの店がシャッターを下ろしている。
どうなることか先も見えない、初めての「緊急事態宣言」であった。

「今から、どこへ向かっていくのだろうか」

暗く長いトンネルにでも入っていくように、何をしていてもそわそわと気分は晴れず、何を食べてもあまりおいしいと感じなかった。

「ひとりとは、こんなにさみしいことだったのか」

と、まざまざと感じる羽目になった地獄のような時間であった。

けれどそんな中、唯一、心がゆったりとまったりと、とろけてしまいそうに楽になる、わたしにはそんな時間が週に2時間半だけあった。
関西で放送されていた、ダイアンのラジオである。
わたしはそれを、radikoで聴きながらただただ仰向けになって「あはははは」と本当によく笑っていた。
ダイアンは真面目な話をしない。正確には、深刻な話をしていても、いつだってどこか“可笑しい”から、なんだか心がほどけてしまうのだった。
そして、このときダイアンは生涯忘れることのできないことばを2つくれた。

やまない雨はないし。

ひとつは、新型コロナが蔓延する中で先行きを不安視しているであろうリスナーに向けて、ユースケさんがつぶやいた言葉だ。

「明けへん夜はない。やまへん雨はない。やまへん雪もないし、溶けへん氷もないし、脱げへん服もない」。

本当だ、と思った。
どれだけ背中のファスナーの可動域が狭いワンピースも、薄すぎて爪でつまむのが怖いタイツも。ウェットスーツだって、バレエの衣装だって。いつも「あかん、脱がれへん」と思う。「どうしよう、血が止まる」と心配する。けれどこれまでの人生、どれだけ脱ぎにくい服だって、全部漏れなくわたしはちゃんと脱いでこれたじゃないか。

よくわからないけれど、
「ははははは(笑)」
といつものように大笑いしながら、わたしの目からは生温い涙がじりじりと耳元に向かってつたっていった。

そう、ダイアンは心をほどく名人なのだ。ふたりの会話を聴いているだけで、わたしはとてもとても無防備になった。

メールの相手は——

ふたつ目は、思い出したくもない夜の出来事からはじまる。

ある夜、ゴミ捨てに外に出たときのことだった。メガネもコンタクトもすることなく部屋着のままの、まさに無防備なわたしに向かって「すみません……」と声をかける人があった。
「はい?」と振り返る。近所の人だろうか。長く“雑談”をしていないわたしの声は心無しかすこし弾んだ。
「はい、どうしたんですか?」
「あの……」
20代前半ぐらいの男性のように見えた。恥ずかしそうに伏し目がちで、何か言いたげである。
「あの……」
あまり春らしくないチェック柄のコート。そして、じっくりよく見ると、彼の下半身はベージュ色のパンツではなく、裸だった。
「ひゃっ……」
急いでマンションの中に駆け込み、部屋に鍵をかけて息を落ち着かせた。
「裸や」
しかし、通りに面した大きな窓からそっと下を見下ろすと、まだ彼は立っているのだ。もちろん下半身は丸出しである。
急いで近くの交番に電話をかける。近くをパトロールしてくれるというから、そわそわとしながらわたしは部屋で立ったまま、お巡りさんが来るのをじっと待っていた。

遅い時間であったこともあると思う。
けれど、そわそわとしたわたしが真っ先に連絡をしたのは友人でも彼でもなく、ダイアンのラジオだったことは、振り返るとあまりにも意外だった。
「今、こんなことがありました!」
と事実をそのままメールにしたためる。
「わたしには、ダイアンがいる!!」
そう思いたかったのだ。

そしてその翌週、いつものように仰向けになってラジオを聴いていたわたしは、飛び起きることになる。

「夜遅くにゴミ出しに出たときのことでした——」

ユースケさんがわたしのメールをひと通り読み上げ、ふたりは「怖っ!」「変な奴おるな」「でも夜遅くに女性がひとりで外出たらあかんよ」と話し、「気をつけてね」とステッカーを送ってくれた。

やっぱりわたしにはダイアンがいたのだ。

生活にはいつもダイアン

そうして、ダイアンにゆるゆるとほどかれるまま1年とちょっとの月日が経った。
ダイアンと過ごす日々はあまりに当たり前で、日常だったのに。

なんと、7年半も続いたその番組は突如として、終わりを迎えることになったのだ。
あまりのショックにことばも無い。「どうせすぐ名前を変えて帰ってくるのだろう」そんなふうに考えることで、あれこれと自分を誤魔化した。そして、できる限り考えないようにもした。

いつも関西の天気はダイアンから知った。世の中のニュースはダイアンと一緒に考えた。だいたいのことは「なんか、いい感じになってほしいですね」としか言わないダイアンから知るニュースも多かった。そして、ドラマ『グランメゾン東京』も『半沢直樹』もダイアンと一緒に楽しんだ。今週はダイアンがどの部分に着目しているのかを気にしながらどっぷりとハマった。そんな場所がなくなってしまうだなんて。

もちろんテレビでもYouTubeでも舞台でも。どこでも活躍しているダイアンだ。だけど違う。ラジオのダイアンは違うのだ。そして、これこそが本当に知ってほしい、わたしたちの、わたしのダイアンなのだ。

今度こそ本当に終わりの見えない暗くて長いトンネルが、わたしをスッと待ち受けていた。

TOKYOのSTYLEとは

けれどそれから数ヶ月。その日は、突然としてやってきてくれた。
ダイアンの週に1度のラジオ番組が、なんとTBSラジオで始まる…!!

「きた、きた、きた、きた……!!」

ついにふたりは、好評に終わった数回のスペシャル放送を経て、「ラジオの時間」を取り戻してくれたのだ。
その名も『ダイアンの TOKYO STYLE』(毎週土曜日20:30 - 21:00)。これでこそ、ダイアン。上京してもうすぐ4年というのに、「TOKYO」も「STYLE」もまるで似合わない。そこがいいのだ。津田さんは、ファッションブランドの展示会に行きたいと言う。ユースケさんは「俺、最近お酒飲むねん」といきがる。背伸びの仕方も何かが可笑しい。そこがまたダイアンのダイアンらしさなのだ。

毎週土曜日、カチカチカチッという、カフ代わりのオモチャの音が鳴ると番組が始まる。
その合図が、月曜から金曜まで駆け抜けた自分へのご褒美にさえなってしまった。
用意されているコーナーはちっとも放送されない。メールは2件読まれれば良い方だ。ふたりのちょっとスローで抜群の間合いの会話が、東京の夜にたっぷりと流れている。

テレビでは、「東京に慣れていない」「実力が出せていない」などと揶揄されることもある。けれど、いいから黙って見ていてほしい。ダイアンは誰とも違う。ダイアンはダイアンのスピードでゆっくりコトコトと和出汁のように染み出して、その場のすべてをほどいてしまう日が来る。
慣れない街はないし、脱げへん服はないし、ダイアンはダイアンにしかならなくていいのだ。
そしてきっと、そんな“東京のダイアン”に「ラジオ」は絶対に絶対に必要だった。週に1度の30分が、気づけばダイアンらしさ輝く最高のステージになっている。

はじめての震えに

「中前さん、ダイアンさんのインタビューお願いできませんか」

そして、番組開始の宣伝としておふたりの取材をすることになる。ついにわたしはライターとして、はじめてダイアンのおふたりに話をうかがうことになったのだ。
わたしの日常が戻り、こんな嬉しいおまけまでついてきた。
すべては新番組のおかげだ。自然と胸は踊った。

これまで仕事であまり緊張することはなかった。どんなに意気込んでいても、しっかりと楽しめてきたというのに、なんということだろう。
ダイアンの待つ部屋に入り、ICレコーダーを持った途端、手がプルプルと震えるのだ。「これは、いかん」と思い、「実はずっと好きで、緊張してるんですよ」と先に伝えてみることにした。自分を落ち着かせるときのやり方だと、師に教わった。

すると、津田さんとユースケさんは、ぼんやりとした表情のまま、
「はは(笑)」
とだけ言って、なぜか何度も頷いてくれた。
「(ああ、いつものダイアンだ……。)」
そして、わたしの緊張は一気にほどけ、ほろほろとほどけるがままに、楽しく取材は終わっていった。丁寧に挨拶をして出ていかれるふたりの背中を眺めながら、安堵の気持ちと幸せがあふれた。だめかと思う日もあったけれど、やっぱりこの仕事を続けていてよかった。

ダイアンの声が毎週聴ける今、怖いことなんて何もない。土曜になれば、あのまったりととろけるような心地の中で、お腹を抱えながら笑える30分が待っているのだから。
それに、最初から何もかも思い通りにならなくても、ちっとも問題はないし大丈夫。素直に今はそう思える。必要な場所に必要なものは巡ってくる。
脱げへん服なんて、どこにもないのだ。


今回紹介したTBSラジオ番組
『ダイアンのTOKYO STYLE」』
毎週土曜日20:30~21:00放送中/出演者:ダイアン
※番組公式Twitter @ts_tbs にて最新情報更新中!

中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2022年3月11日に公開した記事です)