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宮藤さんは、知らないでしょうけれど。【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

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エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。5回目となる今回は『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』。この番組が、新しい発見や日頃の行いを見直すきっかけになっているのだとか……。

話し声がさほど気にならない、落ち着いた雰囲気の、お気に入りのカフェで原稿を書いている。
お供はアイスコーヒーのブラックと決めている。
ただ、もうすぐで70分が経つから、急いで2杯目を注文しなければならない。
このお店のコーヒーの味はとても気に入っているから、何ら問題ないのだけど。
キリがいいところまで仕事が進んだら、ここで早めの夕飯も食べようと思う。いや、食べなければならないだろう。そんなにお腹は減っていなくても。

どうして、こんなに「飲んだり」「食べたり」に神経質になっているのかと言うと、これまた、お気に入りのラジオのせいなのである。

脚本家で俳優の、そして音楽やイラストもこなす……もはや、そんな説明は不要だろうけれど、あの、宮藤官九郎さんがパーソナリティを務めるラジオ『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』のせいなのだ。
わたしは、この番組をとてもとても気に入っている。
気に入っているのだけど、聞くたびにどこか、ちょっと生きづらくなっているのも、また事実だったりするからややこしい。

この番組は、たとえばコールセンターで働く人、バンドのベース担当の人、スーパーの店員さんや、ピアノ調律師、政治記者、整体師……などなど、毎回ある職業の人が数人集まり、「宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど」という日頃の些細な愚痴を宮藤さんに聞いてもらう、というものだ。
「華やかな主人公」のような人が登場する回もあるにはあるのだけれど、どちらかと言えば、普段はスポットが当たることが少なく、「はたして、普段どのように働いているのだろうか……」と興味を持つ機会を得ることさえできていなかった職業の人たちが登場することが圧倒的に多い。
「そんな仕事だったのか!」と目から鱗の話も飛び出すこともあれば、「そんな苦労があったのか」「あれは、そういう意味だったのか」と唸らされたり、時には、自分の日頃の行いを「不遜だった……」反省させられることも本当に多くある。

特に印象的だったのは、「ローディー」と呼ばれる方々が登場した回だった。
「ロディ」と呼ばれる愛らしい馬のキャラクターなら知っているけれど、「ローディー」という言葉さえ、恥ずかしながらわたしは耳にしたことがなかった。
聞けば、ミュージシャンをサポートする役割の職業で、ライブやレコーディングで使う機材の輸送や積み下ろし、セッティングやメンテナンスをする人だという。
ライブのセッティングをようやく終えたというのに、本番で急にサングラスを掛け、譜面が見え辛くなったミュージシャンに思わず、
「先に言っといてくれよ……」
と嘆く様子には、おもしろいものだなあ、とふふふと笑っていたけれど、
「世の中にはこんなふうにして、わたしの知らない役割の人で溢れているのだ」
ということ、そしてそんな重要な役割を担う人の存在さえ知らずに、ライブに行けばキャアキャアと盛り上がって、帰り道には、
「元気になれた。ありがとう!」
などと自分はTwitterにつぶやき垂れているのだ、ということも、この番組を通して思い知らされたりもする。
つまり知れば知るほど、なんだか日頃の行いが、とってもとっても「恥ずかしい」のだ。

こうして、日々のようにお世話になっているカフェ店員さんにだって、
「お水のおかわりばかり、すまないなあ」
という気持ちは持っていたって、まさか苦々しく「本来は、お断りしたい」「せめて2時間まで」と思われているとは。
本当は、薄々気づきながらも気づかぬふりをしていた。
けれど、『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』で実際にそう話す、カフェ店員さんの「声」を聞いてしまったのだから、もうそんな姑息な演技はやめるしかなかった。

お店での原稿仕事は、2時間まで。
数分でも伸びるのであれば、食事もしっかりそこで食べよう。

それがわたしのルールのひとつとなった。
そうやって、少しずつでも変わっていくことができる機会があって本当に良かったとも、もちろん真剣に思っている。

誰かの気持ちを想像することで、きっと人は、ほんの少しはやさしくなれる。
だけれど、想像は想像で想像を超えない。
そして何より恐ろしいのは、知らなければ想像することさえできない、ということだ。
このラジオを聞けば、「思いやること」のまず1行目は「知ること」なのだということを改めて思い知らされるし、それには「耳を傾けること」がいちばんであることが回を追うごとにはっきりとわかる。

宮藤さんの話の聞き出し方は「くだけた雑談」のようでいて、とても優れたインタビュアーのそれだ。
毎週ラジオを通して、わたしたちの「知らなかった」を届けてくれるし、こうしてまたこの番組で集めた声を、宮藤さんが脚本や演技に還元してくれるのだと思えば、徐々に日常で狭くなるわたしの肩身や生きづらさなんて「どうでもいいか!」と思えるほど楽しみで仕方ない、「最高の取材」なのだ。

ちなみに、カフェ店員さんの「仕事での長居は迷惑です」という声には、宮藤さんも「やっぱり、そうですよね……」と苦笑しながらも、反省されていたご様子。
きっと宮藤さんもカフェで原稿を書いているひとりなのだ。
ちなみに、わたしは高校を卒業するときの作文で、
「宮藤官九郎さんの作品のエンドロールに“中前結花” と名前を載せたいから、テレビの仕事がしたい」
と書いて上京した人間であり、初めてこの東京で出会った有名人が、奇跡のように原宿でロケをする宮藤官九郎さんだったということも忘れない。
紆余曲折を経て、今はこうして物書きをしているけれど、特に好きだった宮藤作品は『マンハッタンラブストーリー』で、物語に登場する作家の千倉先生(森下愛子さん)はいつだって喫茶・マンハッタンで原稿を書いていて、来店しなければマスターに寂しがられていたけれどなあ、とぼんやり思い出したりもする。

こんな人間が東京の片隅にいること、宮藤さんはまだ知らないだろうなあ、なんて考えながら、今晩も「ラジオに間に合わないじゃないか!!」とコーヒーを流し込んで、必死に原稿を急いでいる。
けれど、しまった。そろそろパスタも注文しなくちゃいけない時間じゃないか。

まあ、宮藤さんに言ったってしょうがないんだけれどね。


中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2021年6月11日に公開した記事です)