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たったひとりの静かな夜に/あたそ【連載エッセイ「わたしとラジオと」】

インフルエンサーや作家、漫画家などさまざまなジャンルで活躍するクリエイターに、ラジオの思い出や印象的なエピソードをしたためてもらうこの企画。今回は、会社員のかたわら執筆活動をされているあたそさん。思春期の孤独を救ってくれたラジオのおはなしです。


 お風呂から上がり、夜の10時には必ず自分の部屋に向かう。それから、誕生日に買ってもらったSONYのミニコンポの電源を付け、ラジオのチャンネルを合わせる。

 そうして、やっと私の受験勉強は始まる。学校の教科書や塾のテキストを開き、ゆっくりと問題を解いていく。背後から聞こえるパーソナリティの笑い声、知らない音楽、この世界のどこかにいる誰かの悩みに耳を傾けながら、時には「ふふっ」と声にならない笑いを立てながら、ノートに回答を書き写していく。
 すると、いつの間にか深夜になっている。「ああ。今日もこんなに遅くまで頑張って勉強したんだな」と思いながら、やっすい音しか出ないミニコンポの音を切って、布団へと潜り込む。

 中学3年生だった頃の私は、いつもラジオを聴きながら勉強をしていた。その頃からすでにあまり眠らなくても大丈夫な体質だったので、平日にも関わらず深夜の1時とか2時とか、それくらいの時間まで机に向かい続ける。
 勉強を終え、「今日も頑張ったな」と思いながら窓の外側に耳を澄ませると、真っ暗で、何も音がしなくて、不思議な空気が漂っている。何も音がしないって実は怖い。私はその、私の周囲の生き物すべてが寝静まってしまったような、私ひとりだけがここに取り残されてしまったような、この深夜の時間帯が少しだけ好きだった。

私の実家は、横浜のヤンキーばかりの、最寄りのコンビニまでは10分もかかるような退屈な住宅街の真ん中にある。家の周囲は細い道ばかりだから、昼間でさえ車も人も滅多に通らない。駅からも遠く、一軒家ばかりが並ぶような場所なので、夜になればなおさらだった。深夜に訪れるような用事なんてものはない。夜になると、街一帯の活動が停滞する。

 私は、高校と大学、2度ほど「受験」というものを経験しているのだが、この2文字を見る度に中学3年生の夜を思い出す。ラジオを聴きながらあまり勉強に身が入らなかったことと、この静かな夜について。それから、「まあ、受かるだろうな」という根拠のない自信と、孤独について。

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コンポに代わり、現在はradikoアプリにてラジオを聴いているそう

 今思い返すと、誰かに気を遣ったり空気を読む必要もなく、ただ高校合格という目標に向かって勉強をしていればいい時間が好きだったのかもしれない。私はあの頃、ずっと居場所がなかった。学校では友達に無視をされ、家では常に両親が喧嘩をしていた。人生で一番孤独だったと思う。誰も私のことを気になんてしていなかったし、いてもいなくてもよかった。
 何の音もしないたったひとりの静かな夜に、問題を解きながらラジオに耳を傾ける。本当は、ながら勉強がよくないことは知っていた。だって、勉強よりもずっとラジオのほうが楽しいし。もともと、自宅の机で勉強するのが苦手だったくせに、ますます集中できなくなる。
 当時からずっと好きだったバンドの持つ番組、同い年の子たちの真剣な悩み、それに真剣に答えるパーソナリティたち。ラジオの話に笑いながら勉強をしているときの私は、寂しくはなかったし、孤独でもなかった。中学ではまったく出会えなかった同じ音楽の趣味の同い年の女の子は、この世界のどこかに存在している。学校やクラスで孤立している子も、家庭環境で悩んでいる子も、私だけではない。絶対に私はひとりじゃない。中学校はつまらなかった。気の合う友達もいなかったし、退屈だった。何気なく聞いていた深夜数時間のラジオが、この世界の広さを教えてくれた。もう少しだけ頑張ってみてもいいんじゃ ないかと思わせてくれたのだ。

 私と同じような人はきっといる。この世界のどこかに、必ずいる。中学では、全然出会えなかったけど。音楽やバンドの趣味が似ていて、映画や小説が好きで、彼氏 や恋愛の話が話題の中心ではなくて、地元の奴らとは全然違っていて、ダサくなくて、面白くて、一緒にいて楽しくて。そういう人が絶対にこの世にはいる。

 そんな友達に、私は高校で出会うのだ。こんなヤンキーと馬鹿しかいない退屈な街にはない広がった世界を手に入れるのだ。深夜にラジオを聴きながら、想像上の理想の友人に思いを馳せることが、いつの日か私の高校受験のモチベーションのひとつになっていた。

 あの頃の私の小さな世界はラジオ番組が広げてくれたのかもしれない。当時はまだSNSなんてなかった。欲しい 情報 は自分で調べるしかなかったのだが、その調べる方法が私にはわからない。ただ同じ日々に耐えるしかなかった。まだ15歳で、学校にも家庭にも居場所がなくて、退屈な日々を送る私に、背後から聞こえる声と静かな夜は、私に孤独ではないことを教えてくれたのだ。

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あたそ/普段は会社員として働く傍ら、たまにインターネット上であれこれ文章を書いたりトークイベントを開いたりしている。好きな飲みものは酒。著書に『女を忘れるといいぞ』(KADOKAWA)、『孤独も板につきまして気ままで上々、「ソロ」な日々』(大和出版)がある

llustration:stomachache Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2021年8月2日に公開した記事です)