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ハライチという「となりの」スター【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。初回となる今回は、『ハライチのターン!』の魅力を独自の視点で解析します。

ハライチという「となりの」スター

「どうしても、会社に行きたくなかった」という理由で、アリゾナ州の男性が荒地で自分の体をぐるぐると縄で縛り、誘拐事件を自作自演して逮捕されたというニュースを、ハライチが『ハライチのターン!』で話題にしていた。

乾燥した熱い土に横たわって歯を食いしばりながら、ギュッと自らを縛りあげる男を想像し、「ずいぶん器用なものだなあ」とわたしは妙に感心してしまう。男は解雇され、もう二度と会社に行かなくて済むらしい。

岩井さんは「いやあ、でも……仕事に行くより、その日、荒地で縄で縛られてる方がいいってことでしょ?」とつぶやく。「それもそうだよなあ」と思わずわたしも首を捻る。男はいったい何を仕事にしていたんだろう。

「すごいよね。休んだときの醍醐味は家で『笑っていいとも!』見れる!とかそういうことじゃない?」と澤部さんが続ける。「そうなんだよ」とわたしは頷きながら嬉しくなる。身に覚えのある罪だ。“ずる休み”なんて、いかに「普段はできないこと」を満喫するか、なんだから。

ふと子どもの頃を思い出す。中途半端な体調不良で手に入れた大切な休日は『笑っていいとも!』が始まる時間を今か今かと待ちわびていたっけ。

うんうんと頷いたり、ふふふと笑ったり、我慢できずにハハハと声を上げたり。すべては木曜日の深夜のできごとだ。『ハライチのターン!』を聞いているときは、いつだってそんな調子でわたしの心は弾んでいる。代わり映えしないいつもの部屋も、電気を消せばまるで3人でいるみたいだ。

番組では、ほんの些細で小さな日常をふたりは本当に小気味良く話して、互いが 「それでそれで」と聞いている。その様子に「それでそれで」とわたしまで傍で肘でもついて話し込んでいる気分になってしまう。

この前は、岩井さんが通販で自転車を購入しようとし、危うくお金を騙し取られそうになったことが母親にバレてしまいそうになる……という話をしていた。途中、こちらまで「バレるんじゃないか……」とハラハラとしたりするものだから自分でも可笑しい。結局、事件はバレて岩井さんはお母さんにしっかりと叱られていたのだけど。

近頃「招待制の音声SNSアプリ」が話題を集めたりしている。奇跡のような語り手の組み合わせが実現したり、「こんな話まで聞けるの?」とそれに楽しく耳を傾けることも多い。けれどそんなとき、わたしにはふわりとかすめる程度のざらりとした気持ちがあった。そしてその包み紙を丁寧に解いていけば、その正体は意外にも、ころんと横たわるような「孤独」だったのだ。

「ラジオのようなメディア」と称されることも多いけれど、「仲間に混ぜてもらっているわけじゃないのに、聞いちゃう楽しみ」がわたしに連れてきてくれたものは、ちょっと新鮮な形をした孤独。対して、ラジオにあるのは「本当は孤独なのに、まるで混ぜてもらっているように錯覚してしまう喜び」で、わたしを真夜中でも愉快な世界へと連れ出してくれる不思議なドアだった。

ハライチの話には「わたしと同じだ」と思うことが本当に多い。華やかな現場の話でさえも、岩井さんに語らせれば、言葉の端々にどこか自分に向ける客観的な目線を感じて、それが絶妙におもしろい。ふたりとも「所在がない」「場違いである」といった口ぶりでいつも日々を語る。そこに一緒だ、同じだ、とどこかほっとするような隙を作ってくれるのだ。本当は、ちっとも同じなんかじゃない事実なんて無いみたいに。

あのとき「休みの醍醐味は家で『笑っていいとも!』見れる!とかじゃない?」と澤部さんは言った。たださらりと「あるある」に触れたようにも聞こえるけれど、彼は『笑っていいとも!』が幕を閉じるその日まで、1年半以上にわたりレギュラーメンバーとしてスターと名を連ねる出演者だった。華やかすぎる、あの歴史的フィナーレの現場にいた当事者でもあり、翌朝まで続いた打ち上げでは、中居クンと香取クンと3ショットで写真に収まっていた人物だ。決してわたしと「同じ」であるはずがないのだ。

母親にお金の管理や振り込みを託し、自転車の購入ひとつにびくびくとしている岩井さんだって、セルシオを愛車にする、若くして成功を掴んで活躍を続ける紛れもないスターだ。昨年書き下ろされたエッセイは、今も重版がかかり続けている。

なのに、ふたりは変わらない。今夜も映画化される『スラムダンク』を気にしたり、東急ハンズの店員さんの丁寧さに心を震わせたりしている。数週間ですぐに終わってしまう、奇妙な投稿募集コーナーの数々には、わたしと同じタイミングで「ははは」と声を上げて笑っているのだ。

決して遠くに行き過ぎず。リスナーと程近い感覚を絶妙なバランスで保ち続け、彼らだけの視点で切り取り、小さな日常を届け続けてくれる。

木曜の夜はいつだって、わたしはそんなスターと3人で真っ暗な夜をきらきらと過ごしているのだ。

中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2021年4月1日に公開した記事です)