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写真で気づいたあっち側とこっち側

このあいだ、偶然、自分のいた場所から撮った写真に写っているあたりから同じころ撮った写真をみることがあって、そこには当然自分も写っていて、とても面白いなと思ったんです。

自分という存在を客観的に見る。それも同じ時に撮った写真の被写体側から。

(今日の写真はイメージです。)

自分で撮った写真に写っているもの、写っているものから撮られた自分の写真。
それぞれは平面的に切り取った情報だけど、相対するところからみたら像が浮かんでくる。間にあるものはそこには写しきれていないけど、そこにいたからこそ浮かび上がってくる実像のようなもの。脳内補完。

これって現実でも同じで、一つの事象を一つの側面からみていると平面だけど、違う角度からいくつか見るとそれは立体的になって、起きていることの意味がわかってくるような感じ。

よく、具体例としてコップをだすのですが、真横からみたら長方形。真上からみたら円。斜めから見ると奥行きがわかってくる。


いつもは切り取った一つの面をみている写真だけど、真逆で自分が写っている写真をみることなんて滅多に無いので貴重な体験と知覚への刺激を感じました。


この話の冒頭、写真と自分の関わりについて書き始めたら、すごいボリュームになったのと、言いたいことからズレそうだったので今度別に書くことにしました。
思い出したのは昔は撮るのも撮られるのも苦手だったこと。写真、苦手だったんです。

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