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如何にもなフォルムと質感 〈田園 #10〉

田圃の言を請けると、占い師は茹で玉子の殻を恭しく右手に摘まみ、卓の30センチ上空からホロスコープめがけてパラパラパラと撒き散らした。

その左手は艶の鈍い乳白色をしている。申し訳程度に手指をかたどっただけのプレーンな義手で、占い師の体躯とは不釣り合いなほどに小さかった。毎度寸分違わぬロケーションで卓上に伏せられており、卓を覆うボルドーの別珍上で玉子の殻とともにひときわ異彩を放っていた。

田圃は、真剣な面持ちで一連の動作と卓上とを見つめつつも、内心では気もそぞろだった。占い師の禿頭の、専用ワックスで艶やかに磨き抜かれた禿頭の、毛髪に対して一分の隙も与えぬといった風情の禿頭の、如何にもなフォルムと質感に幾度も意識を奪われるのだった。そしてその度ごとに「茹で玉子…」と心中呟かずにはおれなかった。

「おそらくこの占い師は、自らの頭部より殻をセッセと工面し翌日の仕事に備えているのに違いない」イメージがそこまで巡ると、田圃は決まって襟を正した。慈悲深き占い師の、占いへの鮮烈な愛情に敬意を表し。

『今週、太陽が星座を移動し、火星と土星がつながります。そんな中、人生は社会的・道徳的に「しなければならないこと」をあなたに課すでしょう。自分の感情よりも、道義心を重んじてください』

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