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隅から隅まで心得て 〈田園 #8〉

「なぜ?」「なにがあったの?」という問いかけを前にして、前頭葉を駆け巡る回答の複雑さに戸惑う端から、田圃は語ることを諦めてしまう。そうして左へ目が泳ぐ。話したくない話せないのではなく、言葉が出なかった。迫られて言葉を搾り出すと、ほつれるように涙がぼろぼろとこぼれた。そして、どうか僕を引きずり出さないでと哀願した。

「気にかけてくれるのなら、隣で本でも読みながら肩を貸してほしい。もしくは服を脱がして揉みくちゃにして、駆け抜けるように僕でいってほしい。そのくらいが丁度いい」とも。

こうして自身の心持ちに捩じ伏せられると、感覚のすべてが触媒として作用しはじめるため発熱も止めどなかった。かくも向こう見ずな田圃が均衡を保っていられるのは、守られてあるからだった。しかし人柱のうえでぬくぬくと歓びを享受していることも、そのことの罪深さも、田圃は隅から隅まで心得ていた。心得ながらもままならなかった。

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