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フラクタル〈4〉

それから二週間後、私は手術台の上にいた。

麻酔に意識が没すると同時に私は道を挟んだ隣の百貨店になっていた。階段に、鉄骨に、壁に、エスカレーターの手すりに。見知らぬ客の顔さえ見えた。分子になった私は、血脈のように百貨店のなかを駆け抜けた。遠くのほうで感じる下腹部の痛みだけが、私を現実に固く結びつけていた。

痛みが最高潮に達すると、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、ばらばらになった意識が一カ所に集合し始め、間もなく処置が終わった。そのあと何人ものスタッフに取り囲まれ、ベッドごと安静室に移される間、混濁した意識の向こう側で耳障りな嘲り笑いが聞こえ続けた。少しだけ腹が立った。

それから麻酔が抜けきるまでの間に三回嘔吐し、隣のベッドから雪崩れこむ若い女の嗚咽を聞き、何度も眠りの淵を行き来した。体も感情も動かすことが叶わないほどに下腹部は痛み、私は疲れきっていた。

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