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【声劇シナリオ】泡と人魚と風呂場とワイン

内容

◆ホラー
◆文字数:約2000文字
◆推定時間:10分

登場人物

◆馬鹿:クズについていった馬鹿な女
◆クズ:何も覚えていない馬鹿

スタート


クズ:飽和した水蒸気の中でも息はできる。
クズ:頭を断続的に打ちつけるシャワーは俺を伝って床に届き、熱を失う。
クズ:何かが失われていく感覚は、寂しさを想起して止まない。
クズ:形を失ってぼやけた感情に包まれ、俺は目を閉じた。

馬鹿:「よく、目を閉じられるね」

クズ:その問いの意味を少し探し、そして捨てた。

クズ:「起きたの?」
馬鹿:「私のことを寝坊助みたいに言わないで」
クズ:「起きたんだな」
馬鹿:「起こしたのはあなただよ」

0:ちゃぷ……。

クズ:「悪いことした?」
馬鹿:「別に。あなたが起こさないなら、私はずっと眠っているし」
クズ:「ずっとって、いつまで?」
馬鹿:「いつまでも」
クズ:「死んじゃうじゃん」
馬鹿:「変わらないよ」
クズ:「……」
馬鹿:「ちょっと時間の差があるだけだよ。いつかは死ぬでしょ」
クズ:「思春期みたいなことを言うじゃん」
馬鹿:「思春期を覚えているからかな。あなたは忘れた?」
クズ:「思い出したよ」
馬鹿:「私がいない記憶はどう?」
クズ:「開放的なくらい寂しい」
馬鹿:「息苦しくないの?」
クズ:「今じゃない記憶は苦しくない」
馬鹿:「本当に?」
クズ:「後悔は、時々ある」
馬鹿:「私の記憶は、どう?」
クズ:「不思議だ。息苦しい」
馬鹿:「うれしい」
クズ:「寄せよ、照れる」
馬鹿:「馬鹿」

0:ちゃぷ……。

クズ:「……なあ。金がない」
馬鹿:「また?」
クズ:「くれよ」
馬鹿:「だめよ」
クズ:「どうして?」
馬鹿:「胸に手を当ててごらん?」
クズ:「わからない」
馬鹿:「手を当ててないからよ。泡、流してあげようか?」
クズ:「いいよ。自分でできる」
馬鹿:「そんなことより、喉乾かない?」
クズ:「乾くの?」
馬鹿:「バスタブの水を飲むと思ってる?」
クズ:「死ぬくらいならな」
馬鹿:「飲まないよ」
クズ:「死んでも?」
馬鹿:「そろそろ胸に手を当てたら?」
クズ:「なんで?」
馬鹿:「忘れたの? ならいいけど」
クズ:「忘れっぽくなったのは知ってる。お前っていつからそこにいたっけ?」
馬鹿:「答えてほしいなら。飲み物頂戴。ワインでいい」
クズ:「ないよ」
馬鹿:「あるよ。キッチンに」
クズ:「わかった」

ちゃぷ……。

ーークズ、ワインをコップに入れてバスタブの淵に置く。

クズ:「はい」
馬鹿:「これだけ? ボトルも置いてくれたらいいのに」
クズ:「俺が飲めない。次からは炭酸はいってないのを買えよ」
馬鹿:「……そういうの得意よね」
クズ:「そういうの?」
馬鹿:「私から奪うこと」
クズ:「お前が寄こすからだろ」
馬鹿:「そうね。おかげで痩せた」
クズ:「どういたしまして」
馬鹿:「私が痩せたらうれしい?」
クズ:「別に」
馬鹿:「太ったら?」
クズ:「ムカツク」
馬鹿:「消えたら?」
クズ:「消えるってなんだよ」
馬鹿:「消えるの。泡になって」
クズ:「へえ。面白そうじゃん」
馬鹿:「骨は残しておくから」
クズ:「なんでだよ」
馬鹿:「じゃま?」
クズ:「ジャマ」
馬鹿:「じゃあ、なんで私をここにおいてるの?」

0:ちゃぷ……。

クズ:「出ていかないからだろ」
馬鹿:「……忘れてる」
クズ:「何を?」
馬鹿:「連れてきたのはあなたでしょ」
クズ:「どうしてついてきたの?」
馬鹿:「優しかったから」
クズ:「本当に?」
馬鹿:「嘘をつかれたのかも」
クズ:「俺に?」
馬鹿:「他にいる?」
クズ:「お前」
馬鹿:「そうかもね、ふふ」
クズ:「馬鹿が」
馬鹿:「私の骨はどうしたい?」
クズ:「どうもしない」
馬鹿:「お風呂、入りたくないの?」
クズ:「入りたければ入る」
馬鹿:「今から一緒に入らない?」
クズ:「嫌だ」
馬鹿:「どうして?」
クズ:「お前の匂いは嫌いだ」
馬鹿:「息苦しい?」
クズ:「わかってるなら、答えろよ。お前っていつからそこにいる?」
馬鹿:「思い出してくれたら、いいものあげる。骨にもならない」
クズ:「いつだ?」
馬鹿:「昨日」

ちゃぷ……。

クズ:「あ?」
馬鹿:「昨日も、お金をせびってきたから言い合ったでしょ。その時私をここに連れてきたんじゃない?」
クズ:「昨日……」
馬鹿:「酔っぱらってたのか、キメてたのか知らないけど、私の声全部を無視して怒鳴ってきた。怖かったけど、ちょっと大きいペットと思えば全然かわいく思えた」
クズ:「なあ、昨日っていつだ?」
馬鹿:「かわいいって罪ね。いくらでも許せちゃう」
クズ:「いつだよ!」

クズ:バスタブの中にグラスが落ちた。
クズ:既に赤黒く飽和した液体の中に、安物の赤が泡を立てながら潰れる。
クズ:両足を揃えた馬鹿の体は湿っているが、固い。
クズ:べったりと髪の張りついた顔の一部が鱗のように剝がれている。包丁が刺さっている。
クズ:ぱちぱちと力なく弾ける気泡の音。見開かれたままの目で彼女は答えた。

馬鹿:「薬なら洗面台の引き出しだよ」

ぴちょん――。

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