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掌編小説

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#朝

【掌編小説】春の思い出

「まいったなあ」 「なに、どうしたの?ベランダ眺めて」 「いや、仕事行きたくないなあって」 「五月病には早くない?」 「違うって。ほら、外」 「外? いい天気じゃない」 「だからだよ。風も強いしさ」 「ああ、花粉?」 「そうそれ」 「確かに飛んでそうだよねえ。花粉症酷いの?」 「去年も同じこと言われたよ」 「じゃあ、来年はなーんにも言わないことにする」 「うそうそ、ごめんて。ねえ、薬ないの?」 「去年眠くなるからいらないって言ってたじゃん」 「あー、まあ。……ってか、覚えてん

【掌編小説】ハンドクリーム

 スーツを通したこの身体は、まだ血が滞っている。  外気に触れずとも、私の手足は低い彩度で無防備だ。  手のひらを見つめて、指を折り、音のない軋みを聞く。  爪を見る。乾いている。  青缶から取り出したクリームを指の背に乗せた。  親指で人差し指と中指を撫でるようにして拳を包み込む。  押しつぶされたクリームが延ばされていく。  溶け馴染む油分に包まれ、熱とは異なる温かみを感じた。  その感覚は一瞬の幻影で、それを確かめたい幽かな衝動が、私の手をゆっくりと滑らせる。  手を握