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掌編小説

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#夢

【掌編小説】草場の影の夢枕

 不快感を煮詰めたようなじっとりとした暑さがこの村には漂っている。季節が過ぎれば四季の移ろいとともにその不快感も流されるには違いない。しかし、私がここに来るのはこの時期だけだ。  梅雨。私はまだ約束を破れないままでいる。  かこん、と何度目かの鹿威しが落ちて響いた。静謐な空間に水を打ったような響き。だが、余韻は風化している。雨は一頻りの波を越えてさらさらと砂が流れる程度の微かな音で背景にある。虫は黙っている。離れた竹林のざわめきも馴染みきって新しくない。この庭と同じである。

【掌編小説】夢の話

 かつん……かつん……  私は階段を降りていた。  かつん……かつん……  赤茶けた螺旋階段だ。  私の履いている靴は大して固くないのに、階段の音はいやらしく響いていた。水が滴っていたからだろう。上の階段の隙間からも、赤茶く汚れた水が落ち跳ねた。  かつん……かつん……  手すりに触れると錆が水の膜を突き破る。  ザラザラと、固く痛々しく、剥がれていく。  ただ、気持ちだけが静かだった。  ぐるぐると階段を降り続ける度に、溺れるような酔いが頭を占めていき、鉄錆の音も、水音も遠