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Case-1 リアル三高男

浮かれる女

あら「三高」!!「高学歴」「高収入」で「高身長」。
それにしても足が長い長い。どうしたの、ハーフなの。

応接室に入ってきた眼鏡姿の渋い中年(あら失礼!)男性を一目みてこのもはや死語と言われているであろう言葉が浮かんだ。三高。バブルの匂いがする。

差し出された名刺で名前を確認すると生粋の日本人、目の前の顔もじっくりと確認。うん、近松浩二さんか。近松門左衛門さんの子孫かな、ハーフではないみたい。
面接で心が躍る、私の将来の上司はテレビでみた三高の近松さんかぁ。
ラグジュアリーなオフィス、目の前に広がる高いビルが並ぶきらきらした景色。コーヒーとおしゃれなクッキーが目の前に出され、面接にきた芋っぽい身なりの私のテンションはマックス。

面接は得意だ。だって自分の経験と考えていること話すだけ。求人表に書いてあった必要なスキルや業務内容に沿っている人物だと思わせられるようにぺらぺら話す。楽勝じゃない、だって三高・近松が目の前にいる。

「じゃあ、採用で。いつこれる」
熱意が伝わったのか、採用となった。私はいそいそと勤務していた会社に退職を伝え、三高近松の部下となるべく、新しい契約書をもらい人事との入社説明に挑んだ。

「あんた、入社するのか」
面接のときにコーヒーを出してくれたパントリーのおばちゃんが話しかけてきた。はい、今日は契約書のサインと入社の手続きに来た、というと不敵な笑みを浮かべておばちゃんは言った。
「ご苦労様だねー、ふふふ」
芋っぽい私は完全に浮かれていたから、はい!とニコニコ笑って出されたコーヒーとクッキーを呑気に食べた。あー美味しい。

アタラシイワタシ、ハジマル

入社当日。アタラシイ!オシゴト!ハジマル!と遠足前夜の小学生ばりにテンションが上がった私は昨晩よく眠れなかった、けど大丈夫、いけるわ。だって今日から三高・近松の部下、いけてる私、スタート。

人事と9時に受付で待ち合わせ、顔写真が印刷されたIDをもらい首から下げる。見て見てアタラシイワタシ。いつも以上にニコニコしてお届けしまーす。

上のフロアに案内されてこれから一緒に働くことになるチームに改めて紹介される。何人かは面接でも会っているので知っている顔。同じ業務をするお姉さま達もはきはきしててできる女ぞろい、みたいだ。よしよし。
さて三高・近松さんはどこかしら、上司に挨拶と意気込みを伝えるこれ大事。
「近松さん、今朝は顧客とのミーティングですか?まだ挨拶してないのですが。」
フラットな職場なので上司であってもさん付でよいと面接で聞いた。苗字の後に役職をつけて呼ばないと注意された新卒で入社したウルトラ保守的な日系企業とは大違いだ。
「あーKCね。ボスは今日遅れるみたいですよ。」
KC?あ、名前のイニシャルで呼ぶパターン?ひとまずボスって呼んでるみたいだ。ここで、ITからのパソコン設定レクチャーが始まったので聞き返さなかった。
「大変だねーKCのチーム。ま、頑張ってねー。」
一通り社内のイントラアクセスを説明した後、ITのお兄ちゃんはニヤニヤしながら去っていった。
社内イントラにオールログイン!アタラシイワタシ、ハジマル!

自己認識と他者からの評価の狭間で

パタパタパタ。 
始業時間ぎりぎりにエレベーターに滑り込み、小走りで席についてパソコンを立ち上げる。社内イントラにログイン、今日も私の一日が始まった。
アタラシイワタシ!と意気込んだ日から早1年、駆け足で駆け抜けたこの一年は文字通り驚きの連続だった。引き抜きや転職が盛んなこの業界で奇跡的にも入社以来メンバーは変わっていない。

「俺のチームは全員有能だ。」「俺の目は間違ってない。」「俺がこのチームを作った時は(以下略)。」
我らのボス、近松さんはワイングラス片手にご機嫌で話を続ける。

何度聞いただろうこのセリフ、そう言えば、二日前の夢にも出てきた。
”ボス”はこの後必ず、以下に自分が慕われているかという話を続ける。俺は皆から好かれ、慕われている理想的なボスだと。
ふーんと思いつつ、サラリーマンなのでニコニコと営業スマイルで乗り切る。最近は話を聞いている他の人の表情を観察することも出来るようになった。KC今日も饒舌おつかれさまー、心の中でつぶやく。だって私、知っちゃったんだもん。

「ボスからのお土産でーす。」
入社1カ月が経った頃、目の前に差し出されたみかんを見て、えぇ!と声が漏れてしまった。どうみても、スーパーでネットに入れられ一つ398円で売っているみかん。そう、あのオレンジのネットに入っているみかんが、秘書ちゃんのロクシタンのハンドクリームでお手入れされた掌にのせられている。OMIYAGE?
もしかして私の知らない界隈で流行っているのかと思ってGoogle先生にも聞いてみた。そんなこっちゃなかった。
「これ、ボスの出張のお土産ですか?それともご実家がみかん農家とかですか?」
「うふふ、ボスの出張のお土産ですよ。」

えええええええ、あの三高の、年収億はくだらないとい噂のボスのお土産がネットに入ったMサイズのみかん!?
もしかして、オーガニックの超高級品かな、と思って早速自席で食べてみたけど、実家の近くのイオンで買うみかんの味がした。やっぱりイオン、落ち着くわ。

ふとみかんを配っている秘書ちゃんを見ると、お姉さまと声を出して笑っていた。
「あはは、KCKC!今回はこれかー。」それを聞いて周りのチームもにこにこしている。
その輪に、食べかけのみかん片手に近づいて聞いてみる。
「KCって浩二・近松だかですか?」

「はぁ?KECHIの略よ。けーち。ボス、すごくケチだから。チームで飲みに行っても自腹なら絶対に出そうとしないのに、他の人が奢るとなると全部でいくら払ったかはしつこく聞いてくるし。自分の家族の食事代、車のガソリン代、色々かこつけて会社経費で落としてるんだよ。」

なんということでしょう。バブルを経験していない私が夢見た三高のきらきら上司はKCだったのです。
ガラガラとイメージが崩れて過ぎ去ったあと、勇気を出して秘書ちゃんにお願いしました。

「みかん、もう一つ下さい!」


おしまい。
<注意>記事に登場する人物の名前は適当です。フィクションとノンフィクションの混ざり具合も適当です。


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