コロナうがい祭りの前に知っておきたい、うがい成分の3種類

新型コロナの歴史は買い占めの歴史であるーーー。と誰が言ったわけではないけれど、マスクも消毒薬もさいきん散々売ってきたわたしは勝手にそう思ってます。さて、そこで件の大阪発の話題。8月4日の大阪府大阪市共同記者会見で松井市長はこう言った。

「何が言いたいか。皆さんが無理な買い占めしない限りは、うがい薬がなくなることはありえない」(松井大阪市長)

なんですかその意味のない前提は。ツッコミを期待したとしか思えない発言が飛び出した会見から1時間後、大挙したお客さんによってわたしの店のうがい薬は見事に欠品した。イソジン片手に油断していたわたしは、突如押し寄せたお客に囲まれた。本当にありがとうございます。

さらに一夜明けた5日、あるメーカーの担当者は言った。

「数年分の注文が一気に入りました!次回の目処は立ちません!」

これを聞いてのけぞった。欠品したのが大阪で紹介されたポビドンヨード成分のうがい薬なら驚きはしない。だが担当者が口にした商品は、ポビドンヨード系ではないうがい薬だった。いやなんでやねん。「嘘のような本当の話」とはこのことであると、吉村知事にぜひお伝えしたい。

というわけで、どういうわけだかテレビで取り上げられたポビドンヨード以外のうがい薬も売れた。複数のドラッグストアを回ったが、どこも品切れ・品薄。わたしの店も状況は同じだ。イソジンなどのうがい薬と一緒に、別のうがい薬を買おうとするお客さんに、

「こちらは今テレビでやっている成分とは全く別ですけど、お間違えないですか?」

と聞くと、

「え?あ、そうなの?じゃ、いらない」

と、こうである。

市販のうがい薬には いくつかあることが知られていない。日本のセルフメディケーションなんてこのレベルである。セルフメディケーション推進を掲げる政府にはもう一度現状をよく知っていただきたい。

大阪の会見当日、わたしが声かけしたお客さんの約半分が「(ポビドンヨードを)初めて使う」と話した。必ず用法用量を守ることや、コロナ予防は認められていないこと、使うときの注意事項などを話し、すぐに喉はカラカラになった。仕事が忙しいのはありがたいこと。活躍の場が増えるのだから。ただ、心配。

うがい薬の種類についてはブログ「ドラッグストアとジャーナリズム」でも過去に何度か書いてきたのだけれど、みなさんの日々の生活の一助にあればという思いから、ここでもう一度、うがい薬の種類についてご説明差し上げたい。

ざっくり言ってしまえば、市販のうがい成分は3種類と考えていい。「ポビドンヨード(ヨウ素)」「アズレンスルホン酸ナトリウム」「セチルピリジニウム」の3つだ。最後の一つは正確には医薬品ではないのだけど、それは置いておく。

この3つのうがい成分は、全く性質が違う。それはもう、全くである。一言で言えば、こうである。

うがい3種類

それぞれの色も全く違う。こちらの動画をご覧いただきたい。

ポビドンヨードは茶色、アズレンスルホン酸は紫。セチルピリジニウムは透明である。成分の効果も、色も、まるでベツモノであることがお判りいただけるだろう。ちなみに動画のイソジンは家にあったもので、今回購入したものではない。仕事柄、家には常備の市販薬が未開封のものを含めて30〜40個ある。

というわけで、コロナ予防には茶色のポビドンヨードを間違えないように買いましょう、と言いたいところだが、そうではない。

ここまでご説明した上で、みなさまに一つ問いたい。

この3つの成分のうち、新型コロナウイルスの感染予防や重症化予防に効くことがわかっているのはどれでしょう?

答えは「どれでもない」だ。3つとも、新型コロナの感染予防や重症化予防に効くことはわかっていない。今回話題になったポビドンヨードも、だ。それは4日の大阪の会見を見ても明らかなわけだけど、なぜか「コロナはイソジンで予防できる」という言葉が一人歩きしてしまった。吉村知事自身も会見の翌日に「予防効果は一切ない。予防薬でも治療薬でもない」と言っている。

正確には、現時点では予防に効果があるともないとも言えないので検証中。ただ、ひょっとしたら効果があるかもしれない。そんなところ

でも、効果がありそうなら使ってみればいいじゃないか。そう多くの方が思うだろう。吉村知事もそんなつもりでイソジンを推奨したのかもしれない。わたしとしてはイソジンは使うな!と言うつもりはなく、例えば「感染隔離された患者が、それ以上他の人に染さないようにダメ元で使う」のであれば賛成。けれども、一般の方々が予防目的で使用するのは全然オススメしない

大阪の会見には落とし穴があったように思う。吉村知事は、うがい薬のメリットは何度も口にしたけれど、デメリットについて触れていなかったからだ。

「うがい薬ですから」「薬局で買える薬ですから」

アビガンなどと比較しながら説明する知事の言葉の端々から、「(うがい薬は)安全なものだから、ダメ元で使ってもいいでしょう」というニュアンスを私は感じたのだけど、みなさんはどうだっただろうか。

しかし実際には、むしろどんな人でも気軽に買えてしまう市販薬だからこそ、行政がイソジンを推奨することで起き得るいくつかのデメリットがある。

①PCR検査で偽陰性になる可能性

②喉の環境を変化させて、風邪を含めた感染症にかかりやすくなる可能性

③甲状腺機能障害の患者さんが使った場合に影響が出る可能性

④妊婦さんが使った場合に影響が出る可能性

⑤供給が追いつかず、医療現場などで本来必要な場面で使えなくなる可能性

⑥イソジン欲しさに必要のない受診が増える可能性

⑦不適切な使用により誤飲などの事故が起きる可能性

ふだん医療分野と関わりの薄い人から見ると、ひょっとしたら「いいがかり」や「こじつけ」に聞こえるかもしれない。ところが、ここに挙げたデメリットは、いずれも医療従事者間ではおそらく「起き得ること」としてコンセンサスが取れるものであり、その道の専門家がすでに指摘していることである。わたしから補足するならば、③と④はむしろ今回のように不特定多数の消費者が長期的に使用してしまう可能性がある場合こそ気をつけなくてはいけない。⑤はすでに医療現場への出荷調整が行われているし、コロナ以降は本来使うべき患者が使えないという状況が消毒薬や精製水で起きている。⑥は、SNS上では匿名アカウントの報告ではあるが、風邪という名目で処方されているようだし、⑦については「イソジン飲んでもいいですか?」という問い合わせを受けた人もいる。

本記事では、とりあえず冒頭で紹介したうがい成分の3つを覚えていただければそれ以上は望まないのだけれど、薬剤師の立場からは次のことを強調させていただきたい。薬の適正使用というのは、成分や効果・副作用といった机の上の情報だけでは実現できない。うがい薬だけで見たら、デメリットはそれほど多くないかもしれない。しかし、視点を変えて社会システム全体を眺めると、複数のデメリットが予見される。そこは政治が想定し、予防線を張ってほしい。もちろん事前に全ての懸案を潰すことはできないから、今からでも、ぜひ。


本記事に関する情報はブログ「ドラッグストアとジャーナリズム」に載せましたので、ご興味のある同業の方はそちらもご一読いただけたら幸いでございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?