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IQの上がった人類は本当に賢くなったのか?

IQの高いバカが増えている?

人類のIQ(知能指数)は過去数十年にわたり一貫して上昇し続けてきた。

フリン効果として知られるこの現象が世界のあらゆる地域で起きているという報告は、当時の心理学界に驚愕をもって受け止められました。

それまで主に遺伝的な要因によって決まるとされていたIQが、比較的短期間のうちに急激な上昇をみせていたからです。

このことはつまり、IQの上昇が環境の変化によってもたらされたことを意味していますが、その具体的な理由としては教育制度改革による基礎教育の普及や、パターン認識や抽象的な概念を扱うような教育内容へのシフトなどが挙げられています。

ではIQが格段に向上した人類は、昔に比べてはるかに賢くなったと言えるのでしょうか。

現実を見れば、今なお世界のいたるところで対立や分断が起き、陰謀論が渦巻き、ネット上はフェイクニュースで溢れかえっています。

人類のIQが向上しているにもかかわらず、一向に争いや諍いが絶える気配がない理由について作家の橘玲氏は、単にネットやSNSによってそれらが目立つようになっただけではないか、としています。

 「バカ」のもっともシンプルな定義はIQ(知能指数)を基準にすることでしょうが、これについては、日本だけでなく世界的にIQが一貫して上昇しているという頑健な証拠があります。「フリン効果」と呼ばれますが、1940年代から2000年代にかけて、60~70年間で40ポイント以上、およそ3標準偏差の上昇が見られます。
 私たちがよく知っている偏差値では50を平均として1標準偏差が10ポイントですが、IQは100を平均として1標準偏差が15ポイントです。3標準偏差というのは、偏差値が50から80に上がったことに相当しますから、ものすごいちがいです。今の日本の若者は、終戦直後の日本人に比べて、とてつもなく賢くなっているのです。
 フリン効果については、知能そのものが上昇したのではなく、知能検査の問題に慣れただけだなどの議論もありますが、「日本人が劣化している」というのは俗説の類いでしょう。
 だとしたら今起きているのは、「バカ」が目立つようになったということではないでしょうか。

https://president.jp/articles/-/63846?page=1

しかし理由は果たして本当にそれだけなのでしょうか。

そもそもIQ、知能指数という概念がこれほどまでに広く普及したのは、IQテストで測られるとされる"一般的知能"が、他のあらゆる知的能力のベースとなると考えられていたからです。

しかし近年になって、その前提を覆すような研究結果が報告されるようになってきました。

たとえば以下の例題を見てみましょう。

  1. バット1本とボール1個は合計1ドル10セントだ。バットはボールより1ドル高い。ボールはいくらか。

  2. 湖面をスイレンの葉が覆っている。葉の面積は日々、倍増する。48日目に湖面全体が覆われるとすると、湖面の半分が覆われるのは何日目か。

  3. 機械5台を5分間動かすと、製品が5個できる。機械100台で製品を100個つくるには、何分かかるか。

一見簡単に見えますが、2005年にアメリカで行われた研究では、ハーバード大学やプリンストン大学など高いIQを誇る名門大学の学生でも3問正答したのは3割未満という結果でした(※1)。

これらは認知バイアス(直感的な認知のゆがみ)をあぶり出す、認知反射テストとして知られる有名な質問で、IQテストでは測ることのできないメタ認知能力、ある種の合理的な思考力が試されます。

また別の研究では高IQ集団として知られるMENSAの会員のうち、44%が占星術を信じており、56%が地球外生命体が地球を訪れたことがあると考えていると回答するなど(※2)、近年、合理的思考力とIQにはほとんど相関がないということが明らかになってきています。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスが2010年に発表したある研究では、IQが比較的高い人はアルコール消費量が多い傾向があり、また喫煙や違法ドラッグを摂取する傾向も強いことが明らかになった。これらは高い知能は必ずしも短期的利益と長期的弊害を比較するのに役立つわけではないという見方を裏づけるものだ。

また同じように、IQが高い人は、ローンの返済に躓いたり、破産したり、クレジットカードの負債を抱えたりといったお金のトラブルにも直面しやすい。IQ140の人では14%がクレジットカードの限度額まで使ったことがあるのに対し、100という平均的IQの人では8・3%にとどまった。

『The Intelligence Trap なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』/ デビッド・ロブソン 著 

グロスマンは「知能と賢明な思考力との相関はごくわずかだ。知能で説明できる差異はせいぜい5%以下、決してそれ以上ではない」と語る。

つまり情報を分析し、冷静に理詰めで物事を考える力とIQはほとんど関係がないということです。

また学者や研究者などの専門家も、同様の認知的なエラーを犯しやすいと言われています。

専門家は特定の分野について豊富な経験や知識を有していますが、その自信から瞬時に直感的な判断を下しやすく、自分の意見に矛盾するような情報から目を逸らす確証バイアスが生じてしまいやすいのです。

このような直感的な判断は、過去の経験の蓄積によるパターン認識に基づいており(※3)、たいていのケースでは有効に機能しますが、一見同じような状況に見えて実は本質が異なっているというような場合には、致命的なミスを誘発してしまう可能性があります。

専門家が入念な分析ではなく、大まかな事実認識に基づいて判断を下すようになると、感情や期待、フレーミングやアンカリングといった認知バイアスの影響を受けやすくなるのだ。結論として、訓練を積むなかで専門家のRQ(合理性指数)はむしろ低下する可能性がある。

1つひとつの手をゼロから考えるのではなく、専門家は頭のなかに蓄えた膨大なスキーマのライブラリを検索し、目の前の盤面に最適な一手を導き出す。

これらのことからわかるのは、IQの高さや専門分野における習熟は、必ずしも正確性や合理性を担保しないということです。

ではIQや知識量では実質的な賢さ、知性を測ることができないとすると、それらを規定しているのはどのような要素なのでしょうか。

ヨーロッパが文明をリードしてきた理由

中国、韓国、日本、台湾、シンガポールなど、東アジアの国々は世界的にみてIQが高いことが知られています。

しかし歴史を振り返ると、議会制民主主義の確立、新大陸の発見、科学的・学術的な知見の集積、技術革新・産業革命、近代資本主義のシステムなど、文明の発展をリードしてきたのは常にヨーロッパ大陸でした。

これは単なる偶然でしょうか。もし偶然ではないとしたら、ヨーロッパにそれらをもたらしたものとは一体何だったのか。

イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、前近代においてヨーロッパ人だけが持ち得た、ある知的態度にその秘密があると言っています。

 イスラム教やキリスト教、仏教、儒教といった近代以前の知識の伝統は、この世界について知るのが重要である事柄はすでに全部知られていると主張した。偉大な神々、あるいは単一の万能の絶対神、はたまた過去の賢者たちが、すべてを網羅する知恵を持っており、それを聖典や口承の形で私たちに明かしてくれるというのだ。凡人はこうした古代の文書や伝承をよく調べ、それを適切に理解することで、知識を得た。聖書やクルアーン(コーラン)、ヴェーダから森羅万象の決定的に重要な秘密が抜け落ちており、それが血の通う肉体を持つ生き物、つまり人間に今後発見されるかもしれないなどということは考えられなかった。

『サピエンス全史(下)』/ ユヴァル・ノア・ハラリ 著

 一五世紀から一六世紀にかけて、ヨーロッパ人は空白の多い世界地図を描き始めた。ヨーロッパ人の植民地支配の意欲だけでなく、科学的な物の見方の発達を体現するものだ。空白のある地図は、心理とイデオロギーの上での躍進であり、ヨーロッパ人が世界の多くの部分について無知であることをはっきり認めるものだった。

 アメリカ大陸の発見は科学革命の基礎となる出来事だった。そのおかげでヨーロッパ人は、過去の伝統よりも現在の観察結果を重視することを学んだだけでなく、アメリカを征服したいという欲望によって猛烈な速さで新しい知識を求めざるをえなくなったからだ。彼らがその広大な新大陸を支配したいと心から思うなら、その地理、気候、植物相、動物相、言語、文化、歴史について、新しいデータを大量に集めなければならなかった。聖書や古い地理学の書物、古代からの言い伝えはほとんど役に立たなかったからだ。これ以降、ヨーロッパでは地理学者だけでなく、他のほぼすべての分野の学者が、後から埋めるべき余白を残した地図を描き始めた。自らの理論は完全ではなく、自分たちの知らない重要なことがあると認め始めたのだ。

 進んで無知を認める意思があるため、近代科学は従来の知識の伝統のどれよりもダイナミックで、柔軟で、探究的になった。そのおかげで、世界の仕組みを理解したり新しいテクノロジーを発明したりする私たちの能力が大幅に増大した。

1525年のサルヴィアーティの世界地図

 大虐殺はまさにアステカ帝国の玄関先で起こったのだが、コルテスがこの帝国の東海岸に上陸したとき、アステカ族はそれについて何も知らなかった。スペイン人の到来は、宇宙からのエイリアンの侵略に等しかった。アステカ族は自分たちが全世界を知っていて、そのほとんどを支配していると確信していた。

 視野が狭かったために高い代償を払う羽目になったのは、アメリカ大陸の先住民だけではない。オスマン帝国やサファヴィー帝国、ムガル帝国、中国など、アジアの数々の大帝国の人々は、ヨーロッパ人たちが何か大きなものを発見したという話が早々に伝わってきたにもかかわらず、そうした発見にあまり関心を払わなかった。世界はアジアを中心に回っていると信じ続けており、アメリカ大陸、あるいは大西洋や太平洋の新しい遠洋航路の支配をめぐってヨーロッパ人と競おうとはしなかった。スコットランドやデンマークといったヨーロッパの小さな王国でさえ、アメリカ大陸に向けて探検と征服のための遠征隊を数回送り込んだが、イスラム教世界やインドや中国からは、探検隊であれ征服隊であれ、アメリカ大陸へ送られたことは一度もない。

この世界には自分たちの知らないことが山ほどある。それらを解き明かし、自らの手で支配したい。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言う「無知の知」、他の大陸の民族が持ち得なかった貪欲な知的好奇心と征服欲が、まだ見ぬ大陸の制圧へと駆り立てた。

そして自然科学における知見をベースとした技術開発により、知識と技術の双方でのアドバンテージを獲得したヨーロッパは、大航海時代を経て世界の大部分を支配するに至った…

歴史はそのような流れをたどってきたのかもしれません。

時代を切り拓く知性とその二極化

ヨーロッパの世界進出への原動力となった知的な謙虚さ、知的好奇心は、現代においてもイノベーションの鍵となる素養と考えられており、AmazonやGoogleなどのグローバルテック企業は、経歴やスキルよりもこの資質を重視した採用を行っているようです。

知的謙虚さのある人ほど学習スピードが速く、検討事項をより公正に評価し、好奇心旺盛で、反対意見の人とも対話をする傾向があります。結果的に、自分と自分を取り巻く世界を深く理解するに至るという研究結果が出ています。

https://www.lifehacker.jp/article/2211-jeff-bezos-amazon-personality-trait-quiz/

新たな時代を切り拓いていく知性、賢さとは、反射的、直感的に答えをアウトプットする頭の回転の早さではなく、一つのことについて考え続けられる知的体力、「無知の知」に目覚め、自身の考えさえも疑える批判的思考力のことを言うのかもしれません。

予測者としての成功は、グロスマンの研究でも重視されたオープンマインド思考や、不確実性を受け入れる姿勢など、他の心理的特性に起因することが明らかになった。「大切なのは、自分がすでに何度も考えを変えたこと、そしてこれからも何度も変える可能性があることを積極的に認める姿勢だ」

評論家のなかでも最も予測力が低い者が誰よりも自信を持っている一方、予測力の高い評論家の言葉には自らの判断への疑念がにじみ、「しかし」「だが」「とはいえ」「その一方で」といった転換語が多く含まれていた。

『The Intelligence Trap なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』/ デビッド・ロブソン 著

拙速に進み、道を誤る者より、歩みはきわめて遅くとも常に正しい道を歩む者のほうがはるかに先まで到達できる

そしてこのような内省的な思考力は、感情の識別(メタ認知)能力とも関係しており、マインドフルネス瞑想や日記などの習慣によって向上することがわかっています。

グロスマンの開発した賢明な思考力テストの成績が最も高い人々は、自らの感情にも敏感だった。感情を細かく区別でき、激情によって行動が支配されないように感情をコントロールし、バランスを保つ能力も高かった。

マインドフルネスは客観的な視点から感情を分析できるようにするので、自尊心が脅かされたときに発生するマイサイド・バイアスを是正する効果もあることが示されている。つまり批判をうけたときに、それほど防御的にならず、自らの視点に頑なにこだわらず、相手の視点を積極的に考慮しようとする。

あなたが感情という判断材料を本気で磨きたいと思うなら、多くの研究者が勧める方法を試してみよう。毎日、その日思ったことや感じたこと、さらにはそれがあなたの判断にどのような影響を与えたかをノートに書き留めるのだ。書くというプロセスによって、より深い内省や感情識別が促され、自然と直感に磨きがかかるだけではない。うまくいったとこと、いかなかったことを学習し、記憶することで、同じ間違いを再び繰り返さないようになる。

日々の生活のなかで内省の時間を持つことは、人生におけるあらゆる決定から認知バイアスを取り除くのに役立つ。

一方で、メタ認知や内省的思考を司る前頭前野はストレスや依存症により最もダメージを受けやすい領域でもあり、不安や脅威にさらされると(思考が硬直化して)熟慮ができなくなり、認知バイアスの大きい直感的な思考に切り替わりやすくなることが知られています。

「硬直マインドセットの人は、常にヒエラルキーのなかでの自分の順位を気にしている。あらゆる人には順位がある。自分がトップならば、そこから滑り落ちたくない。また引きずりおろされたくない。自分が何かを知らない、あるいは誰かが自分より多くを知っているという事実は脅威となる」。だから自分の地位を守るために、過剰に防衛的になる。「『自分のほうがよくわかっているのだから、おまえの意見など聞く必要はない』と思い、他者の考えを否定する」

ペニークックは内省的思考とスマホの使用には負の相関があることを示している。つまりフェイスブック、ツイッター、グーグルをチェックすればするほどCRT(認知反射テスト)のスコアは悪くなる。相関が因果関係なのか、その場合はどちらが原因でどちらが結果なのかはまだわからないが、テクノロジーによって私たちが思考的に怠惰になっている可能性はある。

SNSで誹謗中傷(正義中毒)や脊髄反射のクソリプが目立つのも、プラットフォームそれ自体に冷静さ、思慮深さをスポイルする性質があると考えると納得がいきます。

人類の知性が生み出したテクノロジーによって、その知性そのものが危機に瀕しているとは何とも皮肉な話かもしれません。

そのことに自覚的である一部の層(※4)とそれ以外との間で、(マタイ効果によって)ますますその二極化が進んでいくという現実は、未来に何をもたらすのでしょうか。


※1:

※2:

https://www.researchgate.net/publication/14952987_Dysrationalia_A_New_Specific_Learning_Disability

※3:

※4:


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