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絵ことば LoCoS -1

LoCoSは1964年〜66年、太田幸夫がイタリア国立ベニス美術学院に留学した時、言語の違いに困惑し、見るだけで分かる絵ことばのデザインを研究・開発して、形、意味、文法、発音を一体化した世界初の視覚言語を考案した成果です。帰国後、東京・銀座の松屋デザインギャラリー展(日本デザインコミッティー主催)で、デザイン界の法王と崇められた同コミッティー理事長・デザイン評論家勝見勝氏の推挙により、未完成ながら発表したもの。恋人のような世界の人々の関係づくりを祈念してLovers Communication Systemと名づけ、そのアタマをとってLoCoSと呼んで58年が経過しました。

LoCoSは国際的にも有名だった勝見勝編集長の「グラフィックデザイン」誌42号 講談社刊に特別掲載され、太田がその執筆・編集を担当しました。同じ42号には、ピクトグラム(絵文字)の歴史で最大の貢献を果たしたウイーンISOTYPE研究所の最期、1939年当時のナチスドイツの弾圧によるオットー・ノイラートとマリー夫人のロンドンへの逃避行が、マリー夫人の手で書きまとめられて40頁の特集となり、その編集にも偶然、太田が関わりました。今回のドイツ・ピクトグラム巡回展(サインの世界:ピクトグラム、記号としてのサイン、emoji展、(第1会場:レオポルド・ホッシュ博物館 2020年9月24日〜2021年2月7日、第2会場:フライブルグ現代美術館 2021年3月27日〜2021年9月12日)では、最も重要な展示内容としてISOTYPE研究所のデザインが、その成果の大半を占め、制作した版画彫刻家ゲルト・アルンツのアート作品と共にLoCoSもほぼ1年間展示発表されました。

1971年、印刷が仕上がったばかりでインキの臭いが残る上記「グラフィックデザイン」誌を、ロンドン亡命先のアイソタイプ研究所所長オットー・ノイラート宅に持参したところ、涙ながらに喜んだマリー夫人の瞳が、上を見上げた壁面にはオットー氏の大きな肖像写真が飾られていました。

1946年、終戦直後の廃墟の日本にあって、定期刊行物『思想の科学』を創刊し、50年にわたって執筆刊行した哲学者鶴見俊輔氏から太田は、論理実証主義哲学者O.ノイラートのことはよく聞いていました。自筆のサインにいつも、象のイラストを書いたことも聞いていたが肖像写真を見て「こんなに太っていたのか」と驚きました。

国際グラフィックデザイン会議(ICOGRADA/ウイーン・ハプスブルグ宮殿)で1971年、LoCoSを発表したところ、出席者の2/3、600人ほどが立ち上がって、太田を幾重にも取り囲んで、名刺の交換、資料の希望、取材・写真撮影の依頼、自分の国での講演や大学での特別講義などの要請で、壇上の議長ピーター・ニーボン(ICOGRADAサイン・シンボル委員会委員長)は、「みなさん席に戻ってください!」と声を枯らして叫んだが、会議は完全に中断してしまった。

アメリカの出張先からウイーン国際会議の取材に来て、パニック状態に身を置いた朝日新聞編集委員坂根厳夫氏(その後、慶應義塾大学環境デザイン学部を経て、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー初代学長に就任)はその後、太田と会うたびに、「あの時はすごかったね!」と、同じことを45年間、繰り返し話題にしてくれた。各国の新聞1頁大の報道や特別講義・講演の依頼で各国を巡り、太田は6ヶ月間日本に帰れなくなった。

会議での研究発表の内容は「日本での視聴覚教育の現状」や太田幸夫監督・脚本の映画「日本の家紋」、それに視覚言語「LoCoS」など複数あって、それらの反響の結果次第で、帰国の時期が変わるため事前に学長との面談では、明言できなかった。『2ヶ月くらいで帰国するとしておいたら…』と言われて、そのようにしましたが、6ヶ月も帰国できないとは思いもかけないことでした。

第2次安保闘争で1971年は東大の安田講堂を始め、日本国内の大学は大変な歴史を迎えて いた。そんな時に勝見勝氏が創設に貢献した八王子市の東京造形大学主任を担っていた太田は責任を果たせず、大学に大きな迷惑をかけてしまいました。

左:朝日新聞 1971年11月25日
中:LA STAMPA(イタリアの新聞)1972年2月8日
右:Weekeind(オランダの新聞)

その後、日本のマスコミ関係者の数年にわたるLoCoSのスクープ報道が続き、当時、コンピュータ業界でトップランナーだったIBMが、LoCoSをそっくり買い取りたいという報道も、週刊誌で踊りました。

1973年には、ドイツ・ミュンヘン大学に招聘され、LoCoSの共同研究を実施しました。けれども誰一人、改善・改良を提案する人はいなかった。そして講談社からは同年、LoCoS出版要請があった。300頁の初版本の企画、執筆、編集の全てを太田一人で、1週間で仕上げて上梓した。タイトルは『新しい絵ことばLoCoS』。それから現在まで49年間、名称も単語の形も文章や文法や発音の仕組みも全て、太田一人の仮設定と断っての発表でした。

講談社「新しい絵ことば LoCoS」1973年発行

太田がLoCoSの本の出版を了解したのは、LoCoSはこれで良いと一度も明言せずにきたからです。良いか良くないか自分では本当にわからないので、みんなの意見を聞いて、一緒に改善・改良しようと本の最終ページで共同研究を呼びかけました。ところが参加したあらゆる立場の異なる人たちは皆、太田の仮設定の何一つ直しを必要とせず受け入れて、賛同してくれる人ばかり。その中から、いくつかのメッセージ(投稿)をここでご覧いただきます。

『これからの言葉というものに対して、とても興味の持てる研究だと思います。やはり、これからの時代にあった言葉として、まず、はやく理解でき、書きやすいということが必要になってくると思います。』東京都板橋区 弦間保

『高二時代を見て、たいへん興味深く思いました。もしこれが世界じゅうで使用されれば、苦心して外国語もおぼえなくてすむし、いろいろな国のいろんな人たちと友だちになることができます。また字のうまいへたなどは気になりませんし。楽しく手紙のやりとりができると思います。』宮城県遠田郡 大場淳夫

『私は現在、耳の施術症例の術後成績のmultifactor analysisを最終の目的として、症例の検査成績、手術経過等の記号化による記載をこころみておりますが、症状の性状の記号化をどうしたら良いか困っておりました。記事を拝見してLoCoSにおける形容詞等の取り入れ方が、あるいは解決を与えてくれるのではないかと考えた次第です。』福島医大耳鼻咽喉科学教室主任 大内仁

『私どもは計算機の研究に携わっておるものですが、このように記号化された文章なら、計算機の処理に適するのではないかと想っている次第です。具体的には、文章の処理のために、文法がすっきりできるのではないか。記号としての入力に適しているのではないか。万国共通のものとして、出力としてわかりやすい形に出来るのではないか、などいろいろなイメージがわいてくるのです。』神奈川県川崎市 大筆豊・洞口良三

『私、33歳の主婦で4歳の幼稚園年少組の女子と2歳の女子の母でございます。…長女は現在ひらがなの読み書きがちょうどどうにか出来るようになりました。そこで私は、まず身近なものの単語だけでもと思い、ためしに教えてみましたところ、とても反応を示しました。物の形と文字が共通しているのに驚いたらしく、すぐおぼえてしまいました。今後も折に触れて少しずつ教えまして、この夏休みには単語をまじえて絵日記を描かせてみたいと思っています。』東京都台東区 管野愛子

上記、講談社の紙の本は現在、古本でも値段が15倍に跳ね上がって入手困難だ。日本語も英語も、電子出版で申し込めば、コーヒー2杯分くらいの値段で、すぐ手に入る。
(AmazonのKindleストアにて「LoCoS 太田幸夫」で検索すると見取れるものは、現在、英語版を含めて3種類が手に入る。けれども、表紙に太田以外に2名の外国人名が見取れるものは、データが壊れているので触らないこと)。

30年ほど勤務した多摩美術大学で、学生や院生や他大学院の先生方や海外の専門家にも参加いただき、LoCoS研究会を主宰してきたが、不思議なことに一人として“良くない”という人が現れない。そんな時に太田一人が決まって、「2次元の線状の仕組みだけではダメだ。」と言いだし、「色やテクスチュアーも活かして、平面の2次元から、立体の3次元、さらに動きの伴う4次元表現までパソコンのクリック一つで次元を超えて変化し、音響や臭いから振動まで活用しなくては」と、30年以上も前から途方もないコミュニケーションメディアへの進展の必要性を話題にしてきた。現在のメディアはすでに、そうなってきている。

LoCoSは英語に合わせた横組みの文法で文章を表現する。ウィーンの国際会議でのパニック状態の結果、アフリカのナイロビ大学やインドのアーメダバードの国立美術大学でも特別授業をした。世話になったインドの家庭に、16歳と18歳のプリーとティーナという姉妹がいた。求められるままLoCoSを45分間説明しただけで、数日後の別れ際、手書きした紙を渡され、後で見たら足りない単語は1〜2個自分たちで作って、立派に書かれたLoCoSの文章でした。太田はすぐに理解できた。他の国でも同様な経験をしました。

Dear Yukio
It was very nice to meet you. It is sad you could not stay here longer, but this short stay was very interesting. We learnt a lot from you. Hope you enjoyed. We hope you succeed. Hope to see you. Lot of love.
Puri, Tina

日本の小学生5〜11歳の子供30人余りにLoCoS講座をしたところ、単語の意味を単語の形が表しているので、すぐに覚えて使えるようになった。意味と形だけでなく、発音まで形と一体なので、わずか5分の発音の説明で、自分の名前などをLoCoSで表現してくれる。講座終了後に1分間で印象を書いてもらったら、とても大きな関心と興味を示してくれた。近くnoteで配信予定のそのLoCoS子供講座レポートをご覧いただきたい。
 
LoCoSは表現する人と見取る人の間に、理解のズレが起きない、という印象を永年受けてきました。これは特徴と言えるかもしれない。けれども研究会では、「夜空の星座は、一定の形と一定の見取り方をされる。コミュニケーションにとってそれは大切なことであるが、いつも表現者の意図通りに理解されるだけでなく、表現の自由と、受け取る理解の自由が共に担保されたら、なお素晴らしい」と太田は、「視覚言語」から「感性言語」を目指す発言を繰り返してきました。

kindle版 本の表紙(日本語 / 英語)
※表紙に3名の名前があるもう一冊は、データが壊れているので無視してください

これまで自分で作った仕組みを、自分で良いとは言えないできた。全ページ英語に翻訳し、Kindleから電子出版して何年も経過したが、国内外から誰一人、一度として、よくない、という声は聞かれなかった。自分だけで単語や文例の追加作業を重ねることはできたけれども、基本がダメとなった時、出直しになることを避けてきた。「完成させても良いのだよ」という声なき声だと理解して、仮発表以来50年になろうとする3年後には、ひとまず完成と言えるようにしたいものだ。残された太田の時間も82歳を過ぎて、少なくなっているのだから。


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