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リトルウイング 2

本馬場に入ると有馬記念ということもあってか、中山競馬場のスタンドから十万人を越える観客が、僕たちに向けて拍手と歓声で出迎えてくれた。

パドックの時「山岸太一」という、自分の名前が入った横断幕を見つけて恥ずかしくも、うれしい気持ちが、今さらに増幅された。

リトルウイングはスムーズに、速歩からキャンターという緩やかな駆け足に入り待機所へむかう。

今日なら勝てる、とリトルウイングの返し馬を見てそう確信した。

待機所では、今から始まるレースの出走場達が、輪になってゆっくり周回している。

この待機所で特別なオーラを放ち、ひときわ目を引く馬がいる。艶のある綺麗な栗毛で、腰や股の筋肉がしっかり浮き出ている完成された競走馬。去年の有馬記念覇者のフシオウだった。

この馬さえいなければ、今日はリトルウイングの一人舞台になっていただろう。

リトルウイングとフシオウは過去二回対戦しているが、どちらもゴール前で差されて僕たちが負けている。

リトルウイングは先行逃げ切りの馬だが、フシオウの最後の直線の脚は歴代最強といわれるほど、恐ろしく速い。

しかし、僕たちも今年秋は天皇賞、ジャパンカップをぶっちぎって勝ち、自信を持ってここに乗り込んできた。今日こそはどうしても勝ちたい。

「今朝の調教でも言ったとおり、序盤は抑えて四コーナからしかけよう。僕を信じてくれ」

お尻の下にいるリトルウイングに話しかけ、肩を撫でる。

すると、左右の耳を交互に前、後ろに動かして返事をしてきた。なんだか怒っているようすだった。僕は今日ほど馬と話せたら良いのにな、と思ってしまう。

僕たちが勝ったレースは全てスタートから先行し逃げ切るパターンだった。だが今日勝つにはレース中、常に中団をキープして力を温存という展開にする。

フシオウは差し馬タイプなので、後方待機で進めてくるだろう。

最後の直線、『二の脚』を使ってフシオウを振り切りゴールを駆け抜ける。

勝つ方法はこれ以外ないはずだ。

しかし、リトルウイングのことを考えると何だか複雑な心境になる。

サラブレッドは調教の内容から、レースが近いことを察する。

フシオウを倒せる最後のレースということも、彼なりにわかっているのかもしれない。

今までは僕の騎乗テクニックよりも、彼の才能だけで勝ってきたことは自分でもよくわかっている。

でも今日は僕がリトルウイングを勝利に導いてあげたい。

そんな事を考えている間にレース3分前となり、僕達は発走委員の合図にしたがってスタート地点に向かった。

つづく

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