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リトルウイング 3

山岸には俺の声や想いが届かない。

馬は人間以外なら、どの動物とも話ができる。

それに比べて人間は器用なくせになんで、俺たちと話すことができないんだろう。

ただ無になり、相手の心に語りかけ、耳を傾ければどんな生き物とだって話をすることができるのに…。

フシオウはこのレースを最後に引退するという情報を人間達の会話から盗み聞きをして知った。

奴を打ち負かせる機会は今日しかない。

やっぱり自分の戦い方で勝負がしたい。歯をむき出し、両耳を後ろにしぼりながら、山岸に声をかけた。

「今日もいつもの走りで行くぞ」

「どうしたリトルウイング。落ち着いていこう。一緒に闘うから大丈夫だ」

「馬鹿…」

俺たちが出走馬たちとスタート地点に向かっている途中、突然一頭の馬が目の前に立ちふさがった。

「また負けにきたのか」

フシオウはそう言うと鋭い目で睨みつけてくる。

俺も睨み返す。言葉を返す必要もない。

十秒ほど立ち尽くし睨み合っていると、フシオウにまたがる、通算二千勝を達成した中川ジョッキーがフシオウの首を撫でる。そして、何事もなかったかのようにゲートに向かっていった。

俺たちもそのあとを追うように七番ゲートへと向かった。

冷たい金属のゲートに入るとレースに神経を集中させるため、いつものように目を閉じる。

ファンファーレが場内に響き渡り、大勢の観客の歓声、拍手が耳に入ってくる。

そして、バチンッと目を開けた。

「誰よりも速く」とつぶやく。

ファンファーレが終わり一瞬の静寂のあと、バカンッという音とともにゲートの扉が開いた。

はじめの一歩目にターフを力強く蹴り飛び出した。

いいスタートが切れたと思った瞬間、顎に衝撃が走り、体が大きく浮き上がる。

左前足は宙を蹴り、体はバランスを崩してしまう。

どよめきの声がスタンドから、波のようにおしよせてくる。

しかし、右前足で体重を支えると、山岸の手綱さばきにも助けられて何とか転倒という最悪の事態は免れた。

山岸はどうやら俺のロケットダッシュを抑えようと、強い力で手綱を引いたんだろう。

前を見ると、先頭の馬とは十馬身ほど離され最下位の位置にいた。

もう仕方がない。この状況から勝てる方法を探っていこう。

速足で息を整えると、右後ろ、左後ろ、右前、左前という順番で足を運ぶ、交叉襲歩にすばやく切り替えて馬群を追いかける。

最初のカーブを曲がり、スタンド前のストレートを走り終えた時には体はほぐれ、気持ちも落ち着いてきた。

二つ目のカーブを曲がり終え、ストレートコースに差し掛かり始めると、俺たちは静かに馬群に入っていった。

前方をうかがうと、12頭いる馬群の三馬身先に、ドリームキャッチとフシオウがいた。

山岸の手綱に身を任せて、前の二頭を追い上げようとスピードを上げる。

しかし、前のウォーターダイヤが蹴り上げて飛び散った砂が目に少し入り減速してしまう。

気がつくとインコースにいる俺たちは、前にウォーターダイヤ、左にツキノヒカリにと塞がれた状態となった。

こうしている間にも 先頭との差はどんどん広がっていく。

「どうするよ、山岸」

つづく

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