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口から食べることを実現できた理由

Aさんは90歳代の女性。食べられなくなって入院して、鼻から管を入れて経鼻経管栄養になりました。
詳しく調べたら、貧血があって、原因は消化管の出血だったそうです。背中が曲がっていたことと、過去に胃癌の手術もしていて、胃ろうは造れないと言われたとのことでした。
言語聴覚士の介入があって食べられる状態かどうかの嚥下評価を受けましたが、のみ込みの機能は失われていて、口からは食べられないとの結果でした。

寝たきりだったAさんは、車いすに座れるようになり力がついて、面会にくる家族に、いつ、家に帰るのかを聞くようになりました。
在宅看取りも見越しての退院です。
娘さんは仕事で接点のあるヘルパーさんで、訪問看護の依頼がありました。

私たち看護師は、退院した日にお宅に伺いました。

Aさんの家は農家で、敷地は広くて、道路から入るとビニールハウスを通って家の玄関があります。
玄関前には猫が寝転んでいて、私たちが近づくと逃げてしまいました。猫を目で追っていたら、縁側の籐の椅子に座って、外のハウスで働く家族を見守っているAさんを見つけました。
縁側の大きな窓越しに会釈をして家にお邪魔しました。
Aさんは体重30Kgもない小さい体で椅子にちょこんと座り、ニコニコ笑う方で、人生の先輩に失礼を承知で言わせて頂ければ、可愛いおばあちゃんです。おまけに娘である知り合いのヘルパーさんに声やしぐさがソックリ。

        *

同居家族の息子さんたちは毎日Aさんの体を抱えて移動して、大好きな縁側に座れるようにしてくれました。部屋の一角には、トイレコーナーを作って、時間をみては声をかけて体を抱えて行っていました。

そのうちに手をよく動かすようになり、鼻からの管が抜けることがありました。
たまたま手が触ったのだと関わるみんなが思い、管を止めるテープの位置を変えてみまいたが、抜けてしまいます。次はテープの種類を変えました。
ところが、どんなに工夫しても目を離したすきに抜けています。

「また、抜いちゃいました。ごめんね」と2週間に1度の家族からの電話が、週に何回も入るようになりました。
臨時訪問の度に、Aさんは耳が遠いので看護師は大声で「ごっくんして~」と協力を求めます。
入院中は、片方の鼻の穴は狭くて管が入らず、入る方の右の鼻から、管の入れ替えをしていたと聞いていました。
管を入れる頻度が増えて、私たち訪問看護師はAさんのタイミングが掴めたようです。
右も左もどちらの鼻からも管はスルスル入るようになりました。

Aさんの苦痛や家族が看護師の頻回な臨時訪問を申し訳なく思っていることから、かかりつけ医とケアマネに相談して、再度入院した病院に胃ろうが造れるか評価のため、受診してもらいました。
結果は同じで胃ろうは適応外でした。

息子さんは「何で何回も抜くのか聞いてみたら、管は嫌なんだって」とAさんの気持ちを教えてくれました。
Aさんは実家も農家で嫁ぎ先も農家です。

生き物を相手にしてきた方は、月日を重ねれば草花が自然と枯れていくことを知っています。そのことを自分の生き方に重ねているように思います。

Aさんは、管を入れずに自然に生きることを望んでいると息子さんは言います。

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朝の連絡で看護師が臨時訪問すると、前日の夕方の栄養注入の前に管が抜けていたと家族は言うようになりました。

ということは、昼の注入以降は、ごはん(栄養)入ってないってこと?と疑問を抱いた看護師は「気づいた時に連絡くださって大丈夫ですよ」と伝えました。
これだけAさんを大切にしている家族が、ごはん抜きにする?何だか腑に落ちません。
「何か口にしましたか?」
病院では口からはのめないと評価されていたので、まさかと思いましたが、そのまさかでした。
息子さんは、口からゼリー状のイオン飲料を与えてみたら飲めたと言います。むせずにパック半分くらいの量だそうです。

その話を聞いた私たち看護師は、Aさんの底力に驚きました。
嬉しいことですが、かかりつけ医に、この事実を知ってもらう必要があります。
のみ込めない=誤嚥性肺炎を起こすリスクが高い状態です。
どう捉えるかは医師の考えによります。
かかりつけ医は、Aさんと家族の想いを受け止めて、口から食べることを了承してくれました。

医師の了承のもとAさんは、高カロリー飲料をのむことを始めました。
訪問看護師はパタカラ体操をして、肺炎の徴候である胸の音に異常がないかや喉の音を聞いて、のみ込みがうまくできているかを確認しました。

高カロリー飲料で好まれたものはこちらです。
体重の少ないAさんは、1日3パックとトロミ付きの水分を摂りました。

パタカラ体操は過去記事をご参照ください。

息子さんやお嫁さんは縁側やトイレに歩くことを手伝い、家の中を一緒に歩くのは、息子さん夫婦と一緒に農業をしているお孫さんです。
力がついたAさんは、30㎏の体が維持できる栄養を口からとれるようになりました。

そうです奇跡です。
管は必要なくなりました。


Aさんと家族は、教科書や論文にあるエビデンスだけが全てではないと教えてくれました。

専門職の評価は重視すべきことですが、
病院という場所にいた時のAさんと、家に帰って自分らしい時間を過ごせるようになったAさんは違うのかもしれない。

自分たちの考えを柔軟にすることがAさんと家族の幸せな時間を作ることになった経験です。

在宅療養は、科学的根拠を持ちながら、相手の想いを誠実に受け止めることを求められていると思います。

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