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望むことの本質を知りたい

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
必ず、訪れる死から目を背けず、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。

Iさんは50歳代の男性。
2年前、会社の定期検診で精密検査を勧められて総合病院を受診しました。そこで、肺癌ステージⅣと診断されて、抗癌剤治療をしました。

翌年に食道と気管の腫瘍が大きくなって、気管切開を行いました。食事を飲み込む体の機能が使えなくなってしまい、胃ろうを造りました。その後、脳転移がわかり反回神経麻痺も起こりました。唾液が自分で処理できないので吸引が必要になりました。

酸素を使うようになり、のどに開けた穴に気管カニューレという小指位の大きさの筒が入っています。
気管カニューレが入る所の直下に腫瘍があって、出血しやすいので、痰を取る吸引チューブを使う時、入れる長さに決りがありました。家族には、長いチューブにマジックで線を引いて「〇センチで吸引をするように」と説明されていました。

入院中は痰を取りたい時にナースコールを押していましたが、看護師が訪室した時に心肺停止していて、すぐ対応したので蘇生したというエピソードもありました。

息をする場所である気管はすぐに空気が通らなくなる状態で細心の配慮が必要です。

食事は胃瘻から栄養剤を入れていますが、お腹の張りを感じるので、病院で栄養剤を色々選定したそうです。
医療用麻薬の貼り薬を使って、痛みの強弱は少なく退院は可能な状態でした。

Iさんが退院希望したというより、家族の希望で退院調整が始まりました。
予命が長くないことや、積極的な治療は無く、症状に合わせて薬を使っていく状態だと説明を受けてのことと、私たち訪問看護師は聞きました。

療養のため仕事は休職中でしたが、退院日は職場に寄ってから帰宅したそうです。

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Iさんは母親と奥さん、息子さん、娘さんの5人暮らし。奥さんは夜~午前中にIさんの介護をして、午後仕事に行きます。息子さんは奥さん不在の午後担当です。
(理由は詳しく聞きませんでしたが、息子さんが家にいました)

トイレは一人で行っているので、食事の注入や痰の吸引、薬の貼り替えを家族がします。

奥さんの希望で、週3回の訪問看護の利用は、20代の息子さんの不安や負担軽減が目的で、息子さん担当時間の午後に私たち看護師は伺うことになりました。

私たち看護師は肺の音を聞いて、気管カニューレ周りの観察や在宅酸素の器械が正しく作動しているかをみて、胃ろう周りの皮膚や全身状態を看させてもらいました。

Iさんは窓際に置かれた介護ベッドに休んでいて、いつも外を眺めています。私たち看護師は、表情を変えず返事をするIさんが、何を思っているのか知りたくて、話すきっかけを探しました。

気管カニューレからの吸引や胃瘻注入は、奥さんと息子さんが、意向を尊重して担っていました。Iさんが筆談や口語で「取って欲しい」という時は吸引して、「お腹が張っているからゆっくり」と言えば胃ろうの注入速度を調節しました。

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退院2日後に気管カニューレが抜けてしまい、かかりつけ医が往診して事なきを得ました。その翌日は私たち看護師が伺うとすぐに「また抜けているけど大丈夫?」と本人が筆談して教えてくれました。

短期間に何度も抜けてしまうため数日後にはカニューレの種類が変更されました。アジャスタ付きのカニューレで外に出ている筒の部分が以前より長くなりました。

奥さんは入院中に吸引チューブの長さを細かく指導されていたので、困ってしまいました。

痰が上手く取れない状況が再三起こり、その都度連絡をもらい訪問しました。
その度に、私たち看護師が到着するまでの時間に できることを奥さんと考えて、訪問したら状況確認を家族と一緒にして、対応方法を検討する日が続きました。

医師からは在宅酸素流量増量の指示がありました。


奥さんは「病院で本人に合った治療や息苦しさの対応を決めてもらって、苦しくないようにしてあげたい」と入院を希望しましたが、Iさんは「何もしない。病院は行かない。このままでいい」と望みました。
いつも外を眺めているIさんが話した本音です。

私たち看護師は、奥さんと本人の意向をかかりつけ医に伝えて、同日夜間に往診が入りました。

眠れるように座薬を使うよう指示したと医師から電話があり、私たち訪問看護師は奥さんの受け止めが心配になって電話をしました。

Iさんの様子を聞くと、電話口の奥さんから呼吸が少なくなっていると返事があり、すぐ緊急訪問となりました。
Iさんは家族全員が揃っている夜に天に召されました。

        
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後日、グリーフケアで家に伺いました。
(グリーフケアとは、遺族の死別後の悲嘆のケアです)



奥さんは「かかりつけ医の選択を間違えたのかもしれない・・・」と。

入院していた病院は緩和ケア外来で診療している医師がいます。その医師が、在宅療養を希望する患者や家族に説明をしています。Iさんは説明した医師に訪問診療をお願いしました。

気管カニューレが抜けるか詰まると、奥さんは、クリニックに連絡します。
クリニックからは、到着予定の時間が伝えられましたが、外来診療や訪問診療の合間に隣市からくるので、伝えられた予定より30分以上遅くなることがありました。
待つ身としたら、長く感じる時間です。

息ができなくなる緊急性の高い状態だったからだと予測しますが、かかりつけ医はクリニックの看護師を伴って往診していました。


到着した医師とクリニックの看護師が慌ただしく処置を始めて、Iさんの部屋は さながら病院の救急外来に様変わり。

家族は遠慮して廊下に出て、処置が終わるまで待ちました。

終わったら、Iさんの気管カニューレが変わっていて、入院中に覚えた吸引チューブはどれくらい入れていいのか迷いました。
クリニックのペースで行われる処置に、家族は理由がわからず、置いてきぼりだと感じてしまいました。

在宅療養は、アクシデントがあった時に、本人や家族と一緒に乗り越える

ことが大前提です。

私たちは、在宅(家)でほとんどの時間を一緒に過ごす家族が、起こっていることを どう受け止めているか知る必要があると思っています。


医療処置を怖がる家族も当然いて、それは悪いことだとは思いませんし、家族によって受け止め方が違っていいと思います。

Iさんの家族は、気管カニューレ、胃ろうで在宅療養を選んだことを思えば、自分たち家族が できることをするのだと、覚悟を決めて退院したと考えていいのではないでしょうか。

家族の不安は、医療職が思いもつかないところだったりすることもあります。
家族もチームだという視点を持って、お互いの意見が言える環境であれば、疑問が晴れていたのかも知れません。


奥さんが望んでいたのは「本人の意志を尊重して生活すること」でした。

望むことの本質がどうゆうことなのか知ろうとすることは、関わる医療職にとって大事なこと。

知りたいと思う気持ちが、病気と向き合う辛さを抱いた方に寄り添うことになると思うのです。


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