砂糖、塩、酢、醤油、そっちにしとけばよかったー
土曜日の午後2時、初めて来る定食屋。お昼時は過ぎているというのに店内は満席だ。
内装にもこだわりが感じられ、駅近という好立地なこともあり人気があるのもうなずける。
一緒に来た友達2人とメニューを見てみる。
・日替わり定食
・唐揚げ定食
・ハンバーグ定食
・生姜焼き定食
・エビフライ定食
・焼き魚定食
・季節限定 カキフライ定食
さてどれにしようか。
友達の1人はすぐ「俺は唐揚げ定食ー」と自己紹介をしてくれた。
なるほど、今日はやけに黄色い帽子をかぶっているなと思っていたけど、それはレモンだったんだな……ダウト。
もう1人は「日替わり次第だけど、日替わりかハンバーグかなー」と言っている。
僕にしてみればその2択は1択だ。静岡が本拠地の爽やかな宗教に入信しているのでハンバーグという選択肢はない。日替わり定食がブラックボックスという状況でも迷う余地がないのだ。
結局その子はハンバーグ定食を選択していた、ダウトだ。
さて、どうしよう。優柔不断ではあるがそれ以上に気を遣ってしまう性格がゆえ、とりあえず決まったフリをして店員を呼んでみる。
「すいませーん。」
正直僕も日替わりの内容を聞いて、良ければそれで手を打とうと考えていた。しかし、そんな決め方でいいのか?
店員が近づいてくる。僕は辺りを見回す。目の前の席のカップルは2人揃ってハンバーグ定食。ダウト。
「唐揚げ定食1つとー…」
まずい、オーダーが始まってしまった。
急いで他のテーブルに目をやる。後ろの女子大生3人組は生姜焼き2、エビフライ1。全員白ごはんを五穀米に変更している。そんなことはどうでもいい、ダウトだ。
「ハンバーグ定食1つとー」
仕方ない、日替わりの内容を聞こう。と思っていたそのときちょうど右の席に座っていた家族連れに注文が届く。
日替わり定食のお客様ー、といって差し出されたあれはなんだ? 唐揚げ? いや違う。チキン南蛮だ。
そしてその上にはタルタルソース。
そうか!この店にはタルタルソースがある!
「あと、カキフライ定食を1つ」
ギリギリの判断だった。友達2人は僕の注文に虚をつかれたようだった。
2人の視線を感じながら僕はメニューを店員に返し、話題をさっき道端にいたのは結局イタチだったのかという話に戻した。
そんなたわいもない会話をしているうちに唐揚げ定食が届いた。
見た目も正直予想の範疇を出ない。まあ美味しいんだろうな、そのくらいの感想だった。
もし定食屋で唐揚げ定食が美味しくなかったらそれは、1番守備の下手な奴がショートを守っているようなもんだ。野球のことはよく分からないが。
皿の端には彼の帽子より少し鮮やかな色をしたレモンもしっかり添えられていた。
本物のレモンの鮮やかさに驚かされているうちに続いてハンバーグ定食が届く。かかっているのはデミグラスソース。
ダウト、ダウト。
メニューの説明にはドミグラスソースと書いてあったような気がしたがそんなこともどうでもいい。
デミグラスとドミグラス、どっちかが英語でどっちかがフランス語の発音なんだよなぁなんて考えていると僕の頼んだカキフライ定食が届いた。
カキフライが1,2,3…7個だ。勝った。カキフライ定食唯一の懸念のボリュームも軽々とクリアしている。その上にはもちろんタルタルソース。見栄えから完璧だ。
メニューの中で唯一1000円を超えていたがそんなことはもう関係ない。
財布の中で準備運動の屈伸をしていた野口英世も心なしか笑っているように見える。
何か喋りたそうにしているので耳を近づけてみると「おめでとう。」と言ってくれた。
僕は「ありがとう、でも今日はPayPayで払うね。」と返した。
僕はこれ見よがしにカキフライ定食を自分のテーブルに置いた。この2人に彼女を紹介したあのときよりも自信に満ちた顔をしていたに違いない。
さあ準備は整った。
あとはあの調味料が降りかかるのを待つだけだ。
………
「そっちにしとけばよかったー!」
きた。最高の一言。
まだ食べてもいないのにこのセリフがいただけるとは嬉しいことこの上ない。
そっちにしとけばよかったーというセリフは料理をさらに美味しくするし、自分のセンスをも褒めてもらっている気がするのだ。
人生の満足度が数値化されているならそっちにしとけばよかったーと言った回数だけ引き算がされ、言われた回数だけ足し算がされているに違いない。
そっちにしとけばよかったーは最高の調味料なのだ。
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