赤十字をマンガや映画の中で登場させることは違法か?

まず、ジュネーブ条約(第1条約)44条は国内に直接適用はされないから、ジュネーブ条約抵触の問題は起きません。

次に、国内法の赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律(赤十字法)第1条には「白地に赤十字、赤新月若しくは赤のライオン及び太陽の標章若しくは赤十字、ジュネーブ十字、赤新月若しくは赤のライオン及び太陽の名称又はこれらに類似する記章若しくは名称は、みだりにこれを用いてはならない」とあるので、赤十字(モノクロはそもそも問題にならない)をマンガや映画の中で登場させることが「用い」ることに該当するのかを検討してみます。管見の限り、裁判例はないので、条文の趣旨に遡って考えてみます。

ICRCのウェブサイトには、

https://www.icrc.org/en/document/emblems?fbclid=IwAR053LvPuvxWGeUecX-NfRUy7DEEuoWxjktvZzG9vcDOF0Y-VhahMNQL5NQ


The protective and the indicative use of the emblems


There are two main uses of the emblems: the "protective use" and the "indicative use".

Firstly, the emblems are a visible sign in armed conflict of the protection given to the medical services, equipment and buildings of the armed forces under international law. That protection extends to certain humanitarian organizations working alongside the military to relieve the suffering of the wounded, prisoners and civilians caught up in the conflict. This first use is usually referred to as "protective use".

Secondly, National Red Cross and Red Crescent Societies around the world are allowed to use the emblems to identify themselves as part of a global network known as the International Red Cross and Red Crescent Movement. This use is called the "indicative use".

との記述があります。

要するに、赤十字の標章の用途には、「保護的な使用」(戦時中に攻撃を受けないための旗などの表示)と、「識別的な使用」(赤十字等の業務に従事するものを識別するための腕章など)があり、それが標章の2大用途とされているということです。これは赤十字法1条の解釈においても重要な指針となります。

素直に考えれば、赤十字をマンガや映画の中で登場させることは、「保護的な使用」、「識別的な使用」のどちらにも該当しないので、そもそも、赤十字法の想定する「用いる」に該当しないと解釈すべきでしょう。

このように解釈しないと、例えば、「戦争映画に、赤十字を描いた腕章を腕に巻いた軍医や衛生兵、赤十字の旗、赤十字をつけた車両等を登場させてはいけない」というアホみたいなことになります。

反面、赤十字を付した衣類やグッズの販売等、赤十字を付したビラや看板、書籍の表紙に赤十字をつけること、広告宣伝において赤十字(定義上、モノクロだとそもそも問題にはならない)を使うことについては、「識別的な使用」に該当しうるので、違反となることもあり得るでしょう。

気をつけないといけないのは、現場で見られるクレームの当否を問題にせずこれを回避しようとする忖度、必要以上のリスク回避行動や業界慣行で、法解釈の指針にはなりませんし(「わいせつ」のように社会通念が規範を決める場合はともかく)、不要な萎縮は表現の自由の範囲を狭める役にしか立ちません。赤十字社としても、赤十字の使用について赤十字法以上のコントロールを及ぼしたいインセンティヴが少なくとも現場レベルではあると思うので(例えば、法的に合法化どうかはともかく、AVの中で使って欲しくはない等)、公式見解を聞くのも藪蛇になるだけのような気がします。基本、趣旨に遡って考えるべきでしょう。

類似の解釈方法として、商標法について、ある商標と同一の文字や図形を使用したとしても、自他商品識別機能、出所表示機能等を有するような使用の仕方でなければ、その商標権を侵害しているとは言えないと解釈されています。これは「商標的使用論」といわれ、裁判実務でも定着しています。

典型例としては、登録商標である「朝バナナ」を書籍(「朝バナナダイエット成功のコツ40」)の題号に無断利用したことが商標権侵害に該当しないという裁判例があります(東京地裁平成21年11月12日判決)。どうでもいいですが、私の担当案件です(「朝バナナダイエット成功のコツ40」を出版した側)。

追記;「赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律施行上留意事項の件」という厚生省(当時)通知はどうなんだという疑問もあるようですが、

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta1505&dataType=1&pageNo=1

厚生省通知は行政解釈であり、一般国民を拘束するものではありませんし、「使用」概念の解釈については何も述べていません。厚生省通知に捉われることなく、赤十字をマンガや映画の中で登場させることは、そもそも「使用」に該当しないと解するべきです。

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