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スライディング、冬

冬はなんたってよく滑る。

池袋のサンシャインシティをふらりと彷っていると、ヒールを滑らせ、如何にも痛そうな音を立てながら尻もちを着く人をよく見る。いや、よくは見ないだろ、と思うかもしれないが、本当によく見るのだ。
私が池袋を歩く時だけ誰かが転びやすくなるなんて""バニラアイスを買ったときだけ車のエンジンがかからなくなる""みたいなことが起きてるとかでは無い事を信じたい。

https://gigazine.net/amp/20200511-vanilla-ice-allergic-car

そんな光景を目にしてしまった時には、大丈夫ですか?と声を掛けたくなる気持ちも浮き上がるが、まず最初に後にも先にもない、自分が盛大に転んだあの時、
MOST IMPRESSION SLIDING(通称MIS)のことを思い出してしまうのだ。

──

私はとにかく急いでいた。

朝の部活動に向かうには逆算して5:50の電車に乗らなければならない。家を出る時間は5:40と決めているが、決まってダラダラと飯を食ったり、モゾモゾと着替えたりする私にとってはしょっちゅうその限りではなくなる。

これに関しては、電車を乗り継いで乗り継いでようやく辿り着く高校を選んでしまった自分を呪うしかない。更に顧問の先生はこれでも始まる時間が遅いくらいだ、とことある事に口走るため、遅いと思ってるのはお前とテニスバカだけだろ、とその度に思っていた。

私の堅牢強固な寝癖はシャワーでこれほどまでかと言わんばかりに熱湯を叩きつけなければ収まりがつかず、朝の怠惰なルーティンに無理矢理このタスクをぶち込んでいるため、ドライヤーで乾かすことは端(はな)から考えていない。ではどうするかというと、自転車を全速力で漕ぐことで発生する風を利用して適当に髪をぐしゃぐしゃやって乾かすシステムを組み込んでいた。しかし、吐く息も凍る冬場の朝5時そこらにこれやると、見事に髪がパキパキに凍るのだ。面倒がって髪を凍らせる高校生は恐らく稀であるが、この時の私にその自覚はない。

""その限りではない""ある一日、上記のアホな事をしながら大急ぎで駅に向かう。駅前は傾斜の緩い坂が20〜30mほどあり、坂を下りきった右手に駐輪場がある。怠惰なルーティンで漏れなく遅刻しそうな私は凍てつく路面の坂を自転車で一気に駆け抜け、駐輪場にピットインすることを画策した。無論、想像上では完璧に上手くいっていた。都合のいいイメージをすることだけは得意分野だった。
ここからは予想通りである。猛スピードで坂に差し掛かり、速度を落とそうとするも、凍結した摩擦係数0の緩やかな坂はブレーキなど効くはずもなく、倒れた自転車と私ごと、大スライディングの上、無慈悲に駐輪場の前まで連れていってくれた。

まだ日も出ておらず薄暗い朝6時前、誰も見ていないのに恥ずかしさ+痛さと虚しさに襲われた私はそそくさと自転車を起こし、駐輪場の決まった場所に止めて、パキパキに凍った髪をいじり、本当に盛大に転んでる人を見かけたらきっと助けてあげよう。そう思いながら急いで電車に乗ったのだった。

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