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『ジョーカー』が描くカッコよさと美しさ、そしてリアリティ

 岡田斗司夫です。

 今日は、2019/10/13配信のニコ生・岡田斗司夫ゼミ「映画『ジョーカー』特集&試験に出るバットマンの歴史」からハイライトをお届けします。

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 ところが、この『ジョーカー』はそういう映画ではないんですよね。

 この辺、ネタバレじゃないから話しておきますけど。

 で、僕は「そういう映画じゃないからこそ、すごい」と思うんです。

 さっきも話したように、タイツを履いたスーパーヒーローがビルをぶっ壊したりするような極端な映像がないので、画面の中にCG加工というのがあまり見えない。これ、「CG加工がない」わけじゃないんですよ。「あまり見えない」んですね。「なので、没入感がすごくてリアリティがある」と、さっき話したんですけど。

 それと同じように、この映画に出てくるジョーカーも、非現実的な悪のカリスマじゃないんですよ。あのね、悪のインフルエンサーなんです。「悪のカリスマであり、悪の象徴」ではなくて「悪というものを人々の間に上手く流行させるインフルエンサー」として描いているところがすごいと思うんです。

 この『ジョーカー』というのは「それに影響された人達が、勝手に祭りを起こす」という映画なんです。これは、YouTubeとかインスタ時代のインフルエンサーとまるで同じで、設定的にもすごくリアリティがあるんですね。

 この絵としてのリアルさと、設定のリアルさが、ダブルで迫ってくるから、ヒーロー映画なのにわりと文芸っぽい高級感が映画全体から出てるんですね。

 例えば『スーパーマン』の青とか『バットマン』の黒のように、ヒーローものにはシンボリックなカラーというのが出てくるんですけど。

 この『ジョーカー』では、黄色の出し方がオシャレで良いんですよね。

(パンフレットを見せる)

画像1

【画像】パンフレット ©2019 Warner Bros.

 まあ、本当に画面のカラーのシーンとかでも、こういうモノクロっぽい感じにのシーンにしても、この黄色いチョッキみたいな色の出し方とかが、ものすごくオシャレなんですよ。

 他にも、このパンフレットの表紙になっているシーン。

(パンフレットを見せる)

画像2

【画像】パンフレット表紙 ©2019 Warner Bros.

 これは、アーサーという人間が、ピエロのメイクをして、笑う練習をしているシーンなんですけど。ここで早くも、彼の頬には涙が一筋流れてメイクが落ちかけているんですね。

 これ、何かというと、冒頭のシーンなんですよ。本当に映画のド頭のシーンで、主人公がピエロのメイクをしているんですけど、そこで涙がちょっと出ちゃう。つまり「彼は笑われるピエロになりたかったんじゃなくて、笑わせるコメディアンになりたかったんだ」ということです。

 そういう本音を押し殺しているので、その本音が、セリフではなく、メイク中の映像として、一瞬だけ出ちゃうわけですね。

 このシーンって、もう本当に、冒頭の5秒か10秒くらいなんですよ。それだけで、この映画が持っている高みというのを、一番最初っから見せてるわけですね。

 演技も本当にすごいんですよ。「あのタイミングで、よく涙を出せたな」って思うんですけど。片目だけスッと出て来るところに、演技の上手さというのがあります。

 後にジョーカーと呼ばれることになる主人公のアーサーは、この映画の中で「善良で悪いことが出来ない人」という設定から始まって、ゴール地点であるラストでは「明らかに悪い人」にちゃんと変化して行くんですよ。

 でも、この変化の理由は「悪の魅力に取り憑かれたから」ではないし、「正義の嘘に気がついたから」というような、よくある理由でもないんです。「俺はそういう正義の欺瞞を暴いてやるんだ!」っていう『ダークナイト』のジョーカーみたいなタイプでは全然ないんですね。

 これが、もう本当に、まるでドキュメンタリーを見ているかのような衝撃感なんですよ。

 その反面、ドキュメンタリーを見ている感じなので、観客としても悪のカリスマの魅力に酔いしれたり出来ないんですね。

 この映画を見ている時、観客には「自分も悪になるかもしれない」という恐怖感があるんですけど。これは、ドキュメンタリー映画やドキュメンタリー番組を見た時……障害者のドキュメンタリーとか、貧困への転落のドキュメンタリーってあるじゃないですか。あれを見た時の不安に近いんですよ。

 「自分も、いつ交通事故に遭って車椅子生活になるかもしれない」とか「自分もいつリストラをされて、運が悪かったら、こんなふうに貧困に落ちていくかもしれない」という、あの恐怖感に近い。

 そういうリアリティを持って「自分も悪に落ちるかもしれない」という恐怖感を描いた映画なんですね。

 そこが本当に新しい。

 そういうことを普段、想像していない人、「自分は悪の側なんじゃないか?」とか「自分こそが悪なんじゃないか?」だなんて想像していない普通の善い人に対して「いや、悪になっても仕方がないよ?」というか「もしかしたら、その方がアーサーのように楽になれるよ?」と誘惑する悪のインフルエンサー映画なんですよ。

 まさに恐怖の映画ですね。

・・・

 キリスト教における悪魔というのは「悪いことをするバケモノ」じゃないんです。「人間に対して悪いことを持ちかける存在」なんですよ。悪の道へと誘惑する者を悪魔と呼ぶんですね。

 「そういった悪魔的な行動を、アーサーがしてしまう」という話です。

 悪に落ちて行く人間を取り上げること、映画の中に出すこと自体は、そんなに珍しいことではないんです。

 例えば、さっき話した『まどマギ』だって、そういう話なんですよ。『まどマギ』に登場する魔女と呼ばれる巨大な怪物みたいなヤツは、みんな、悪に落ちて行った人間の成れの果てなんですね。それが敵役になるんですけど。

 ところが『まどマギ』という作品は、最後には魔女になる人間の主観を途中までは描くんだけど、最後まで描いたりはしないんですね。

 魔女になる直前くらいまでは、魔女の視点で描くんですけど、でも、闇落ちしてしまったら、必ずカメラは主人公であるまどかたち魔法少女の側に行って「なんでそんなことになってしまったの!?」と嘆きはするんですけど、魔女になってしまった人間の気持ちを描いたりはしないんです。

 昔、『前略おふくろ様』という70年代のホームドラマがあったんですけど。

 その中に、お兄ちゃん役のショーケン(萩原健一)の妹分として、桃井かおりが演じる海ちゃんっていう女の子が出てくるんです。その海ちゃんも、こういう堕ち方みたいなものをするんですよね。

 海ちゃんは頭が良くないから騙されて堕ちて行く時に「私はもう仕方ない。これでいいの! お兄ちゃん、余計なこと言わないで! 構わないで!」って、意地になっちゃうんです。それを見ている主人公のショーケンは、自分の無力さに打ちひしがれるしかない。

 これもやっぱり、ショーケンの側からしか描けないんですよ。

 でも、それを海ちゃんの側から描いたらどうなるか?

 『まどマギ』の魔法少女だって、魔女になってしまったかつての仲間を見て、自分の無力さに嘆くけど、最後は「魔女っ子達の勝ち」で、やっぱり終わるわけなんです。

 だけど、この『ジョーカー』という映画は、ショーケンとか、まどかたちのような正義の味方が存在しない世界なんです。

 「ヒーロー不在のリアルな世界で堕ちて行くとはどういうことか?」というのを、もう本当に、正面から描いちゃったんですね。

 だから、そこには、カッコよさとか美しさが全くないんですよ。

 なので、ヒーロー映画を見に行った人、いわゆる悪の魅力を見に行った人は、やっぱりガッカリするわけですね。

 本当にカッコよさとか美しさはないんです。まあ、ゴミに溢れたゴッサム・シティよりも、ゴミも含めて全てが燃やされて行くゴッサム・シティの方が、まるでテレビの中とかネオンサインのように、ジョーカーには美しく見えただろうけども。

 なので、そっちの方を期待していくと、ちょっとシンドいかもしれません。

 はい、ネタバレなしで『ジョーカー』を話すというのは、やっぱり、この辺が限度なので、ここらでネタバレなしは終わりにしたいと思います。

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