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終わりから始まる物語

#小説

あなたの一言が、僕を変えた。

この世界を変えた、とも言っていい。

「もう、こんなことしちゃダメよ。」

ありきたりな𠮟責の言葉。子どものころから幾度となく聞いてきた言葉だ。

罪を犯せば罰を受ける。

この社会のルールは複雑なようで単純だ。

(prrrrr)

「おばあちゃん、、、ごめん。」「どうしたんだい。直樹かい。」

オレオレ詐欺は、もう俺とは言わない。切羽詰まった状態で、自分のことを話す余裕だとか、知らない番号からかけていることを説明する時間もない。

「うん。今事故しちゃって。相手がいるんだ。」「お母さんには言ったのかい?」「言いたくない…これ以上心配かけられないから。」



直樹は、常に欺瞞の名人だった。幼い頃から、状況を自分の有利に操る方法を学んだ。その技術は年々洗練され、必要に迫られたからこそ磨かれた。しかし今日は、他人を騙すためではなく、自分自身を欺くためだった。唯一、彼の嘘を見抜くことができた人から、真実を隠すために。

「直樹、わかってるよね。」祖母の声が受話器越しに響く。年老いてはいるが、その声は揺るぎない。「いつまでも逃げられないんだよ。真実は必ず追いついてくる。」

直樹は目を閉じ、自分の行動の重みを感じた。事故は本当だったが、彼が作り上げた状況は全くの作り話だった。彼は自らの作った蜘蛛の巣に囚われ、嘘が絡み合うたびにその糸が彼を締め付けた。

「おばあちゃん、」彼は囁いた。「怖いよ。」

受話器の向こう側で一瞬の沈黙が流れ、それは永遠のように感じられた。すると、祖母の声が戻ってきた。柔らかく、ほとんど優しい響きで。「わかってるよ、直樹。でも、やり直すのに遅すぎることはないんだよ。」

やり直す。彼の心にその言葉がこだました。それは遠い昔に諦めた希望だった。しかし、都市の喧騒が彼の周りで渦巻く中、彼はそれが可能なのかを考えた。本当に自分の物語を書き直すことができるのだろうか。

その瞬間、決意が固まった。彼は自分の行動の結果に向き合うが、同時に再構築のチャンスを掴むことにした。直樹は深呼吸し、長い間避けてきたもう一つの番号をダイヤルした。

「母さん、」彼が応答した時に言った。「話があるんだ。」



年月が過ぎ、直樹の生活には新しいリズムが生まれた。彼は罪を償い、その結果と向き合い、その先にたどり着いた。その道のりは険しく、挫折や絶望の瞬間に満ちていたが、常に祖母の言葉が彼を導いてくれた。彼は正直な仕事を見つけ、できる限りの償いをし、少しずつ、少しずつ人生を再構築していった。

その期間中、彼は春香という女性と出会った。彼女の優しさと忍耐力は、彼の疲れた魂にとっての癒しだった。彼女は彼の過去ではなく、彼がなろうとしている人物を見てくれた。彼らの関係は花開き、直樹は初めて未来に希望を感じた。

ある晩、彼らが公園を歩いていると、春香が振り向き、夕日を映した目で彼を見つめた。「直樹、ずっと考えていたの。あなたの物語について。」

彼は好奇心から眉を上げた。「僕の物語?」

「そう。」彼女は微笑んだ。「あなたが生きている物語。書き直された物語。それは美しいわ。そして、他の人々にも聞いてもらうべきだと思うの。」

直樹の心臓が一瞬止まった。自分の過去、過ち、そして救済を共有するという考えは恐ろしかった。しかし、彼が春香の目を見つめると、彼女が自分を信じていることがわかった。それが彼に恐怖と向き合う勇気を与えた。



年月が経ち、直樹の物語は多くの人々にとってのインスピレーションとなった。彼は自分の変容と学んだ教訓を綴った本を書いた。それはただの過ちについてではなく、変化の力と新しい始まりの可能性についてのものだった。

ある日、彼がサイン会で本にサインをしていると、年配の女性が近づいてきた。彼女の目は輝いており、どこか懐かしさを感じさせた。

「直樹さん、」彼女は優しく言った。「あなたの旅をずっと追ってきました。あなたは私の孫にとても似ています。」

彼は微笑み、彼女の言葉に心を打たれた。「ありがとうございます。長い道のりでしたが、毎歩に感謝しています。」

彼女が去っていくと、彼はこれまで感じたことのない充実感を感じた。彼の物語は、かつては欺瞞と絶望の物語だったが、今では希望と救済の物語となった。それは、人生の物語を書き直す力を証明するものだった。

そして、終わりから始まる物語が新たな章を迎えた。直樹は、変わること、成長すること、そして本来の自分になることは決して遅すぎないことを学んだ。一つの章の終わりは、次の章の始まりに過ぎず、その物語は毎日新たに展開していく。



直樹の本はベストセラーとなり、多くの人々に希望と勇気を与えた。彼の講演会には全国から人々が集まり、彼の話に耳を傾けた。直樹は自分の過去を振り返りながらも、未来に目を向け続けた。

ある日、彼の講演会の後、若い男性が彼に近づいてきた。彼は不安そうな表情で、何かを言おうとしていたが、言葉が見つからない様子だった。直樹は彼に優しく微笑みかけ、励ましの言葉をかけた。

「こんにちは、どうしたんですか?」直樹は静かに尋ねた。

「直樹さん、私は…私はあなたの話に本当に感動しました。でも、僕にはどうしても過去の過ちを償う勇気がないんです。」その男性は言葉を絞り出すように言った。

直樹は彼の肩に手を置き、真剣な目で見つめた。「私も同じだったよ。怖かった。でも、一歩を踏み出すことが大事なんだ。過去を変えることはできないけれど、未来を変えることはできる。」

その言葉に男性は少しだけ安心したようだった。直樹は自分の体験を詳しく話し、その中で得た教訓を分かち合った。彼は、変わるためには自分を許し、新しい道を歩む勇気が必要だと語った。


年月が経ち、直樹の人生はさらに豊かになった。春香との関係も深まり、彼らは結婚し、二人の子供に恵まれた。直樹は家族と共に過ごす時間を大切にし、彼の物語を次の世代に伝えることの重要性を感じていた。

ある日、彼の子供たちが彼に質問を投げかけた。「パパ、どうしてあなたはそんなに強いの?」

直樹は微笑んで答えた。「強さは過去の経験から学んだことなんだよ。大切なのは、自分の過ちから学び、成長すること。そして、新しい始まりを恐れずに受け入れること。」

子供たちはその言葉にじっと耳を傾け、彼の話を胸に刻んだ。直樹は、自分の物語が彼らの未来に希望と勇気を与えることを願った。


直樹の物語は、終わりから始まる物語として多くの人々に伝わり続けた。それは、どんなに暗い過去を持っていても、新しい未来を築くことができるという希望のメッセージだった。直樹は自分の人生を通じて、そのメッセージを伝え続け、人々の心に光を灯した。

そして、彼の物語は終わることなく、新たな章へと続いていった。直樹は、自分の人生が他の人々にとっての希望となることを誇りに思い、毎日を全力で生きていった。

終わりから始まる物語は、常に新しい始まりを迎え、人生の可能性を広げ続けるのだ。

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