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都会のテレビ制作者の苦境と地方の衰退、二つの課題を解く鍵「大山モデル」:後編〜脇浜紀子氏寄稿〜

※トップ画像:大山オフィスを率いる総合プロデューサー貝本正紀さん

Introduction
京都産業大学教授、脇浜紀子氏による鳥取県大山(だいせん)町の大山チャンネルへの取材レポート、後編。独自のコミュニティ運営の秘訣や、そこに見てとれる新しい価値など、地域メディアについて研究してきた脇浜氏らしい熱のこもった記事となった。ぜひお読みいただきたい。(前編はこちら)

脇浜紀子氏写真

書き手:脇浜紀子氏(京都産業大学・現代社会学部教授)

<”どうせ田舎のテレビ”ではない大山モデルの秘密>

大山チャンネルがこれだけの住民を巻き込み、5年以上事業を継続できている最大のポイントは、番組制作における地上波キー局クオリティの担保だと筆者は捉えている。

あらゆる番組制作の仕事を住民にやってもらっていると前編で紹介したが、実は編集については貝本さんはじめアマゾンラテルナのスタッフが行なっている。さらに、音響効果や選曲などの最終のMA作業は、東京の音効会社に依頼している。つまり、最後の仕上げの部分はプロが担っているのだ。これにより、シロウト集団の制作した荒削りなコンテンツが、全国ネット番組クオリティの仕上がりとなる。実際、いくつかの番組を見たが、仕上がりにおいて、地上波ネット番組と全く遜色はない。様々なエフェクトを駆使した編集、色・サイズ・フォントなど状況にあわせてセレクトされたテロップ、収録音のレベル調整や効果的なアタック・BGM付けなど、わかりやすく飽きさせない番組作りは地上波テレビ制作者の真骨頂だ。貝本さんも「ダサい番組に出たいなんて思わないでしょ」と、クオリティの低い番組では特に若者には見向きもされないと話していた。住民参加の仕組みだけ作ってもうまくいかないわけだ。ハレの場としてのテレビ番組のクオリティ担保、ここにテレビマンの経験値が生きてくる。

大山チャンネル13

※オフィスの広いスペースにはEDIUSの編集PCが並んでいる

筆者が考える二つ目のポイントは、「インバウンド」を言わないことだ。

地域メディアを議論するとき、「地域の魅力を外に発信する」とか「インバウンド客を呼び込む」とかいうのが頻出するが、筆者はずっと違和感を感じている。地域活性化の一つの手であることは否定しないが、巨額の予算を投入して観光動画を作っても、せいぜい一時的にバズるだけで、ほとんど持続しない。大山町の主要産業の一つは観光だけれども、大山チャンネルはそこに重きを置いておらず、貝本さん曰く、「町外不出の内輪受け番組でいい」と。また、今回インタビューした大山町の竹口大紀町長も、「町の知名度を上げてくれという要望がよくあるが、知名度を上げて町民に何か具体的にいいことがあるのか。むしろ町民にフォーカスし、町民が見て面白いと思えるコンテンツを作って欲しい」と、大山チャンネルの役割については「地域のアイデンティティを醸成する機能」に注目していると話してくれた。ついつい目を奪われがちな「インバウンド」という言葉に惑わされず、住民ファーストをぶれさせない。住民自身がまず地域のことを知り、好きになり、それが外に伝わっていくことで、結果として人がやってくるというのが、持続可能な地域活性の姿であると筆者も思う。

大山チャンネル14-15

※役場でインタビューした大山町長竹口大紀さん(38歳)は大山チャンネル出演の常連

以上、地上波キー局クオリティの番組作りと町民ファーストのコンテンツという二つを、筆者の見立ての大山チャンネル成功ポイントとして挙げた。

<”じゃない系”とテレビの”不良性”>

次に、貝本さんが考える住民参加型テレビの秘訣を紹介しよう。これは、筆者の本業である京都産業大学現代社会学部の「地域社会とメディア」の授業に、貝本さんをゲスト講師として招いた時に話してくれたことである。

貝本さんが提示した秘訣は三つ。

1. 常連だらけのスナックにしない
2. カレーが先か?具材が先か?
3. 不完全さと不良性

一つずつ紐解いていこう。

1. 常連だらけのスナックにしない
これは、地域メディアのみならず、多くのコミュニティづくりのシーンにあてはまる金言だと思う。前提として、貝本さんが自らの経験に基づいてはじき出した「住民タイプ分類」を押さえておこう。これが大変に興味深い。貝本さんによると、住民タイプは3つに分かれるという。

・積極的で意識高い”リーダー系住民”(5%)
・ワクワク楽しい大好き”ウエーイ系住民”(10%)
・普段は目立たない”じゃない系住民”(85%)

行政が地域活性化イベントをやる場合、”リーダー系”か”ウエーイ系”の住民に声をかけることが多い。失敗したくないからだ。思惑通り、そのイベントは参加者の高揚感とともに盛り上がって終わる。しかし、貝本さんに言わせると、これは声をかけやすい人だけが集まっていて、マジョリティ住民に刺さっていないので持続しない。85%を占める”じゃない系”を巻き込まないことには、いつも同じ顔ぶれが集まる「常連だらけのスナック」になってしまう。それを避けるために、貝本さんは、普段は地域の課題などに特に興味がない”じゃない系住民”に積極的に声を掛ける。食べるのが大好きなブロッコリー農家の男性にはグルメリポートを、声のいいコンビニの店員にはナレーションを、習字の得意な空港職員には大道具製作を、とどんどんとスカウトしていった。まずは個人的に仲良くなることから始め、あとは、芋づる式に紹介してもらうのだそうだ。まさに、「住みますテレビディレクター」だからこそできることだ。ちなみに、協力者にはちゃんと謝礼も支払っている。

大山チャンネル16-17

※多様な顔ぶれが参画する大山チャンネル

2. カレーが先か?具材が先か?
もの作りをする時に、まずカレーを作ると決めてから具材を集める方法と、先に具材が集まってきていてそこからカレーを作ろうかと考える方法と二つあるが、貝本さんは後者のやり方をとるという。つまり、「カフェカフェいう女子」という具材が集まってきたから「料理バトル」というメニューを作ったわけで、最初から「料理バトル」という企画があったわけではない。人口1万6千人の町で、超住民参加の地域密着テレビをやるにあたって、とても重要な姿勢だと思う。”じゃない系”を巻き込めるのもこの手法をとるからだろう。一人一人の特徴を生かせる「持ち場」を用意して、番組につなげていく。関わった住民は、「なんか自分たちもけっこうやれるじゃないか」と前向きな姿勢になっていく。今回の訪問で、こうした住民の皆さんとの意見交換の場を持ったのだが、次はいつお呼びがかかるのかと前のめりな人が多かった。テレビ番組作りの楽しさを感じているのが伝わってきた。こうした住民たちとともに、コロナで自粛していた「大山テレビ部」の活動を春から本格始動するそうだ。部活動形式でテレビ番組制作のノウハウを学んでいく「大山テレビ部」だが、その先に、町にメディア関連の仕事が生まれて産業として発展していけばという展望も見据えている。

大山チャンネル18

※大山町民に「リポートのコツ」ミニ講座を実施

3. 不完全さと不良性
番組作りにあたり、貝本さんは、上手い人、慣れた人だけが集まらないように気を配っているという。完璧さを追求するのではなく、あえてデコボコを作ることで、住民参加の敷居を下げているのだ。これは目から鱗だった。視聴率やスポンサーのために番組を作っているのではなく住民のためにやっているからこその戦略だ。

そして、筆者が最も強く共感したポイントが「不良性」。これこそ、”テレビを使ったコミュニティデザイン”の真髄だと思う。貝本さんは次のように話した。

大山チャンネルは、「地域のために」「未来のために」という「ムズムズするような言葉」を使って発信はしていません。もちろん、結果的にそうなればいいと思っているけれど、メディア自体がそれを言い出すと、なんか意識高いよな、となってしまう。それよりも、「くだらないことやっとるな」「ふざけとんな」という部分をいれるようにしている。そんな悪ふざけするような集団に人が集まってくるのだと考えています。

東京の地上波テレビでバラエティ番組のADを経験してきた貝本さんの身体に、テレビの見せ方として染み付いている「不良性」の要素、それを明確に意識していること。これが、大山チャンネルが他の地域メディアと一線を画す点だと思う。かくいう筆者も1990年にテレビの世界に入って、地上波テレビの見せ方を体現してきた一人である。「なにわのエジソン」さんに代表されるようなユニークな人達に随分取材もしたし、自分自身で被り物をしたことも数知れない。スタッフにも「変わった人」がたくさんいた。アナウンサーの先輩が仕事に遅刻してきたスタッフに、「理由が笑えたら許す」と言っていたのを覚えている。ハミダシモノ、キワモノ、ヘンナヤツを違和感なく受け入れることができるのがテレビの「不良性」なのではないか。それは誰も取りこぼさないという包容力でもある。

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※大山チャンネルに集う個性豊かな町民の皆さん

今回の交流の場に集まってきた住民の中に、地毛で見事なチョンマゲを結っている男性がいたのだが、なんの違和感もなかった。行政や一般的な地域づくりの集まりだったら、おそらくはもっとざわついていただろうし、ちょっと話しかけるのをためらうような人もいたかもしれない。「テレビだもん、まあ、ありだよね」という空気感が自然と生まれていて、今風にいう「ダイバーシティー&インクルージョン」を、肩をいからせずとも実現できることに、”テレビを使ったコミュニティデザイン”の大きな可能性を見た気がする。

大山チャンネル20

※ジーンズ腰パンに無精髭の貝本さんまさに不良性を象徴?

以上が貝本さんが明かしてくれた住民参加型テレビ運営の秘訣である。
ちなみに、1月の放送では、大山町の新成人たちと竹口町長との対談企画が放送されているが、このタイトルのつけ方がなかなか攻めている。

「若者の不満炸裂!? 20歳軍団vs大山町長」

町長のトーク回しのうまさもあって、とても実りある対談になっているのだが、この「不満炸裂」というタイトル、他の自治体であれば、きっと役場職員が忖度して、変えてください、となるはずだ。これを許す大山町の寛容度も、大山チャンネルの成功を支えているのだと思う。

<大山モデルが切り開く未来>

最近、貝本さんのもとに、他地域の小規模ケーブルテレビ局から助言を求める声が届いているらしい。系列の協力体制がある地上波ローカル局や潤沢な資本に支えられる大手MSOと違い、自治体や第三セクターが運営する零細ケーブルテレビ局は、面白いテレビ制作の現場経験を積む場がない。業界団体が主催する研修会などはあるが、先進事例を紹介するだけのものや、4K対応などのハード整備の話が多く、現場のディレクターたちにとって、スキルアップにつながるものではないようだ。

貝本さんの頭の中には、ある構想が浮かんでいる。大山チャンネルを拠点に「地方向けケーブルテレビの学校」を年に数回開講してはどうか。

貝本さんの人脈をたどれば、東京でバリバリテレビを作っている、ディレクター・編集マン・放送作家・カメラマンなどを講師として招くことができるだろう。さらに、都会で仕事が減ってしまったテレビ制作者も参加すれば、”住みますテレビディレクター”を地方のケーブルテレビ局にマッチングする機会になるかもしれない。

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※日本海と大山を一望できるコワーキングスペースTORICO。奥がアマゾンラテルナの大山町オフィス

そんなクリエイティブな活動の場として申し分のないスペースもすでに確保されている。去年夏にアマゾンラテルナの大山町新オフィスを移転すると同時に、コワーキングスペースTORICOを開設した。国道沿いの建物の2階で、視界を遮るものは全くない日本海のオーシャンフロント。ビーチには毎日サーファーが訪れている。そして振り返ると後ろの窓からは、雄大な大山を望める。奥の貝本さんたちのオフィスとはガラス張りでつながっていて、1階には大山町屈指のおしゃれスポットであるカフェBIKAIがある。ワーケーションにも最適なTORICOで、筆者も丸一日過ごしてみて、その快適さを満喫した。日常を離れ、アイデアを生み出し、夢を語れる場所だ。

地方創生が叫ばれてもう何年経つだろう。これまで、総務省の地域おこし協力隊や前編で紹介したコミュニティデザインなど、数多くのまちづくりの取り組みがなされてきたが、そこに”テレビを使う”ことはあまり行われていない。その理由の一つは、ほとんどのテレビ制作者が都会を向いていたからではないだろうか。東京、大阪、あるいはローカル局本社がある県庁所在地。しかし、視点を変えれば、テレビがまだ開拓していない町は、日本中にたくさんある。

貝本さんが実践している「大山モデル」とそれを広めようという構想に、筆者は大いに巻き込まれたいと思っている。これを最後まで読んだテレビ制作者のみなさんも、巻き込まれてみてはどうだろうか。”テレビを使ったコミュニティデザイン”は、まちづくりと同時に、テレビの未来への切り札かもしれない。

大山チャンネル24

※大山チャンネルのテレビマンの職場環境。うらやましい。

大山チャンネル25

※1階のカフェBIKAIは料理も美味しかった。

<脇浜紀子(わきはまのりこ)プロフィール>
京都産業大学現代社会学部 教授
神戸生まれの神戸育ち。読売テレビのアナウンサーとして「ズームイン!朝!!」の全国ネットキャスター、「ミヤネ屋」のレポーターなど、25年間にわたり報道・情報番組等を担当。阪神淡路大震災の報道経験をきっかけにメディア研究をはじめる。2016年末で早期退職し、2017年4月より京都産業大学現代社会学部教授に着任。2000年に南カリフォルニア大学修士号を、2010年に大阪大学大学院国際公共政策博士号を取得。著書に「テレビ局がつぶれる日」(東洋経済新報社、2001)、「ローカルテレビの再構築〜地域情報発信力強化の視点から」(日本評論社、2015)、「メディア・ローカリズム〜地域ニュース・地域情報をどう支えるのか〜」(中央経済社、2019、編著)。主な研究分野は地域情報・地域メディア。

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