見出し画像

昔の医師国家試験を調べてみた 【前編】

1. はじめに

2021年2月6日(土)と7日(日)の2日間で第115回医師国家試験が実施されます。115回も続いているとなると、最初の頃はどんな問題が出ていたのか?と気になるところだと思います。中には昔の医学常識に基づいているために今から見ると信じられないような問題もあるのではないか?といった点も気になります。そこで、大学の図書館や国会図書館などを利用して昔の問題集や対策本などを漁ってきました。独断と偏見に基づいて面白いと思ったものの一部をここに共有しようと思います。

2. 医師国家試験の歴史

まずは前提知識として医師国家試験の歴史と変遷に関して簡単にまとめます。参考資料にもありますが、日本医学教育学会医学教育白書が詳しいので、気になった方はそちらを御覧ください。

・医師国家試験の変遷
日本では第二次世界大戦直後までは医学校を卒業すれば自動で医師免許を取得できていました。しかし、戦後にアメリカの勧告を受けて医師国家試験を導入することになり、昭和21年の秋に第1回医師国家試験が行われました。当初の国家試験は現在と大分異なっていて、例えば、
 ・卒後1年のインターンを終えた後に受ける 
 ・多肢選択式ではなく、記述式が主である
 ・春と秋の年2回行われる
などが挙げられます。その後、しだいに現在の方式に移り変わっていくことになります。以下に大きな変更点を一部挙げます。
・昭和43年5月に卒業後に国家試験を受けて資格を付与する方式になる(同時に臨床研修制度が導入)
・受験人数の増加とともに記述問題は減少し、第53回(昭和47年)に廃止
・第79回(昭和60年)に秋の試験を廃止し、春の試験のみの年1回へ (平成17年より2月に実施)
・第91回(平成9年)に禁忌肢の導入
・第95回(平成13年)に合格基準を絶対基準と相対基準の併用へ
以上のような変遷を経て現在の方式にたどり着いています。他にも問題数や試験期間、出題範囲など色々な変更はありますが、ここには記していません。近年も英語の臨床問題の導入や出題数と試験期間の変更があり、今後も変化していくことが予想されます。

追記:記事公開の翌日(2020/11/12)に医師国家試験改善検討部会報告書が公表されました。コンピュータ制の導入や問題プール制に基づく問題の非公開化などに関して書かれています。過去の事例を鑑みるに今後の国家試験に反映される可能性が非常に高いので、これから国家試験を受ける方は一度目を通しておくことをおすすめします。特に出題基準に関しては117回からの適用を考えているとありますが、その他に関しては速やかに反映されうると考えられます。

3. 第1回醫師國家試驗の内容

やはり一番気になるのは第1回の内容です。第1回は全34問で268名が受験して137名が合格しています。前述の通り、記述問題が主になっています。早速一問目から見てみましょう。可能な限りは原文の通りに記しますが、旧字体と新字体が交ざることがあります。ご容赦ください。

一、腹腔動脈(A. Coeliaca)の枝別及び分布を記せ。

記念すべき第1回の第1問は腹腔動脈の分枝の問題でした。腹腔動脈から分枝する動脈とそれがどこへ分布しているのかを答える必要があります。いきなりこんな問題を解かされた当時の苦労が偲ばれます。
続いて二問目です。

二、縦隔障(Septum mediastinale)或は縦隔(Mediastinum)に就て記せ。

またまた解剖学の問題です。記述式ということもあってかなかなか難しい印象です。さっきよりも問いかけがファジーで答えにくいですね。

ここからは面白いと思ったものをいくつか拾っていきます。

四、数分間疾走した場合の身體の生理的諸變化を述べ、尙それらの諸變化が静常状態に戻る一般的經過を記せ。

これは生理学分野ですが、問われている内容が広範すぎます。解説もこの問題に関しては桁違いの量がありました。

五、次の五項目の各々に一二行程度の簡単な答をせよ。
  五、エーテルやクロロホルムの全身麻酔で手術をした後に、低濃度の炭酸ガスを吸入させると麻酔から早くさめる。何故か。

麻酔科の問題です。これは純粋に問題が面白かったので紹介しました。解説には、低濃度の炭酸ガスによって呼吸中枢が刺激されて呼吸量が増加するために揮発呼出される量も増えて麻酔から早くさめるのだと説明されています。

一三、次の事項を簡單に說明せよ。
   へ、ルツクス

小問集合(イ〜ヌ)の内の一つ。国際単位系の照度の単位であるルクス(lx)ですが、なぜか出題されていました。

一三、次の事項を簡單に說明せよ。
   ト、D.D.T

同じく第13問から。日本ではDDTは1946年ごろから使用され始めて1981年に製造・使用が禁止されたため、この時期は当然利用されていることになります。解説にも、比較的容易に合成できて、効果時間が長く、使用法も簡便、殺虫力も高くて従来のものよりも優れているとあります。

一三、次の事項を簡單に說明せよ。
   ヌ、中央値

統計の問題も出題されています。

一五、乳児死亡の三大原因に就て知れることを記せ。

公衆衛生、小児科の問題です。解説には、先天性弱質下痢及び腸炎肺炎が挙げられていて、それぞれを説明していました。なお、近年の乳児死亡原因は、1位 先天奇形、変形及び染色体異常、2位 周産期に特異的な呼吸障害及び心血管障害、3位 不慮の事故、4位 乳幼児突然死症候群となっています(3位と4位はほぼ同数)。先天性弱質は、先天奇形などとはやや異なる概念で、早産児や母体の梅毒感染、鉛中毒などを含んでいます。
医学の進歩が感じられる問題でした。

二二、結膜炎の治療に使用する點眼薬の種類及び濃度

濃度まで問われるのはキツイです。

二四、耳疾患に於ける聽力検査の意義

耳鼻科の問題。これもまた随分とファジーな問題です。

二七、次の二症に就て記せ
   1. 多形滲出性紅斑
   2. 結節性紅斑

皮膚科からも出題されています。とは言え、皮疹の性状、経過、好発部位、治療など色々と書かなくてはならず、面倒な問題です。

三三、次の言葉の意味を記せ。
   五、血淸病

血清病が好きなので選びました。近年は103A11で出題されています。

三四、三十五歳の男子、二週間來三回の意識喪失の小發作があつて診断を需めた
   一、如何なる疾患の可能性があるか。
   二、如何なる方法によって鑑別診断するか。

最後に臨床推論の問題です。
この問題は解答も面白く、鑑別診断にヒステリーがありました。DSM-5でいうところの「発作またはけいれんを伴う 変換症(Conversion Disorder)」に相当しているはずです。

第1回醫師國家試驗の振り返りは以上となります。全34問といっても小問集合がいくつかあったり、記述式であったりと量と質ともに充実した試験だったのではないでしょうか。合格率が51.1 %だったというのも納得です。ヒロポン®︎を使って徹夜で勉強している様子が目に浮かぶようです。今は魔剤に変わっただけかもしれませんが。

4. 前編のまとめ

前編では医師国家試験の歴史と第1回醫師國家試驗の内容に関してまとめました。長くなりそうだったので一旦ここで区切らせていただきます。中編では、第1回以降の昔の問題を適当に拾い読みして面白いと思った問題に関してまとめています。是非ご覧下さい。

5. 前編の参考資料

阿部正和. 医師国家試験. 医学教育白書(医学教育別冊). 1982, p. 63-70.
日本臨牀編輯部. 第一回醫師國家試驗模範解答. 日本臨牀 5(1). 1947, p. 54-67.
畑尾正彦. 医師国家試験の現状と改革の動向. 医学教育白書(医学教育別冊). 2006, p. 88-94.
伴信太郎. 医師国家試験の最近の動向. 日内会誌. 2007, 第96巻, 第12号, p.  23-30.
吉岡昭正. 医師国家試験. 医学教育白書(医学教育別冊). 1978, p. 47-53.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?